第百二十一話 踊らされるだけの道化と思うなよ
ほっぺたが熱い。さっき叩かれたせいで、少し熱を持っていた。
先程まで掴まれていた襟元もよれよれだ。確認してみると、ボタンが取れそうになっていた。よっぽど、強い力で掴まれたのだろう。
「ふぅ……疲れた」
苦笑しながら、地面にへたれこむ。
柄にもないことをしたせいか、体が震えていた。
でも、良かった。
キラリが再び前を見てくれて、本当に良かった。
「……なんで?」
安堵の息をついていると、ずっと俺たちの様子を見ていたのであろう、メアリーさんがムッとした顔で話しかけてきた。
「なんで、受け入れてあげなかったのかな?」
彼女はどうやら、俺の言動と選択に不満があるようだ。
「余計なことをしないでほしいんだけどねぇ……これだと、ワタシのシナリオ通りじゃない」
ああ、そうだな。
君のシナリオでは、キラリは俺を好きになるはずだったんだよな。
「まさかリョウマがこんなに早く告白するとは思っていなかったから、少し予定は狂ったけれど……まぁ、過程はどうでも良かったんだよ。キラリが振られると言うプロセスはあってもなくても良かった。ただ、彼女がコウタロウを好きになれば、ワタシのシナリオ通りになるはずだった」
実際、そうなりかけてはいた。
演劇が終わり、竜崎に呼び出されたメアリーさんは、キラリが尾行していると理解した上で告白を受けた。
そして回答を保留にして、今度は俺を校舎裏に連れてきた。校舎裏で打ちひしがれているキラリを慰め、受け入れろと指示を出した。俺が素直に言われた通りにしていたら、キラリはきっと俺に依存しただろう。
でも、そうはならなかった。
なぜならキラリは、俺を選ばなかったからである。
……いや、これは少しニュアンスがおかしいか。
俺があえて、選ばせなかったのだ。
「どうして、あんな言葉選びをしたのかな? キラリをバカにするようなことを言って……まるで『わざと怒らせようとしている』みたいに」
「……さぁ、なんのことだか」
肩をすくめて、わざとらしくはぐらかす。
そうすると、メアリーさんは不愉快そうに表情を歪めた。
「ワタシは『キラリを受け入れろ』と、指示したよ?」
「指示通り、受け入れようとしたぞ? ただ、キラリがそれを拒んだんだよ」
言われたことはしっかりとやった。
ほんの少しだけ曲解はしたが、指示にはきちんと従っている。
「あのまま俺に媚びてくれたら、受け入れてやるはずだったんだけどなぁ……いやぁ、残念だ。キラリは俺程度の人間では物足りないらしいぞ?」
「――アズサみたいに受け入れると思ってたのに」
ふむ、どうやらメアリーさんには誤算があったようだ。
ずっと、掌で踊っているコマだと思っていた俺を見誤っていたみたいだ。
「コウタロウは、そういう人間だと思ってたのに」
「……一緒じゃないんだよ。梓とキラリは全然違うからな」
女の子であれば見境なく受け入れるような人間とは思わないでほしい。
俺は、竜崎龍馬じゃないのだ。
「梓は、家族だ。血は繋がっていないけれど、心が繋がってる大切な人間なんだ。だから、傷つけられても許すし、傷ついたら慰める。だって、誰よりも近くにいる人間なんだから、当たり前だろ?」
でも、キラリは他人だ。
何度も言うが、これだけはハッキリとしておきたい。
「キラリの人生に俺が干渉する理由がない。家族でもなければ、今はもう友達ですらないんだぞ? なのに、無条件に受け入れろ、なんて難しいこと言うなよ……俺は、聖人じゃないんだぞ?」
手あたり次第に他人を救えると思っているほど奢っていない。
だって俺は、卑屈な人間だから。
「まぁ、それでも努力はした。受け入れるだけの理由と条件を提示してやった。だけどキラリがそれを拒んだ――今回はそれだけの話だ。メアリーさんは不本意だろうけど……残念ながら、現実の人間は思い通りにならないんだよ」
白々しくそう言ってやる。
本当は受け入れる努力なんて当初から放棄して、とにかくキラリを怒らせようとしていたけど、それを認めるほど愚かではない。
メアリーさんも俺の意図は分かっているだろう。だから非があることを認めさせて手綱を取り戻そうとしているが、そこまで思い通りにはさせてやらなかった。
「ちっ……使えないなぁ」
珍しく苛立ちを隠さないメアリーさんを見て、俺は内心でほくそ笑む。
その顔を、見たかったんだ。
何もかもが思い通りに行くと思うなよ?
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