第百二十話 今に見てろよ
結果を出せと、中山幸太郎は口にする。
その鋭い一言が、キラリの胸に突き刺さる。
確かにその通りだと思ってしまったのだ。
努力しただけで満足する自分を、不甲斐なく感じた。
「挙句の果てには、俺程度の人間で妥協しようとするその『ラブコメ』がバカにされないと思ってるのか? そういうところが、弱いんだよ。もっともっと、足掻けよ……このままだと、哀れで惨めなサブヒロインのままだぞ? お前はそこで終わっていいのか?」
――嫌だ。
サブヒロインのまま終わるなんて、そんなの許せない。
キラリは、一番になりたくて自分さえも捻じ曲げたのだから。
「そこで終わっていいのなら、俺が寵愛を施してやるって言ったんだ。残念ながら、俺は中学生の時にお前を友達と思っていたからな。そのよしみで、生きる理由をくれてやる。嬉しいだろ? サブヒロインに相応しい結末だろ? だから、喜べよ。いつもみたいに愛想よく笑えよ。へらへらして、俺の機嫌を損なわないように媚びろよ」
少年はなおも嘲笑っている。
どんなに叫んだところで、キラリの思いは伝わらないのだ。
なぜなら、結果が出ていないのだから。
「――今に見てろよ」
怒りが、頂点を越える。
泣きそうになるくらい感情が爆発しそうだったが、必死にこらえて、呻くように声を絞り出す。
「中山幸太郎……アタシを、あたしを、見てろよ!」
負けたくないと、思った。
「あんたに、見せてやる……アタシが、サブヒロインなんかじゃないってことを!!」
この少年の思い通りにならないと、そう誓った。
これは、浅倉キラリの『意地』である。
「ようやく、分かった。アタシは『あたし』だ……昔も、今も、変わらない。アタシはいつも『あたし』なんだ!」
自分は、自分だ。
容姿が変わっても、性格がねじ曲がっても、思想が変わっても、浅倉キラリは、浅倉キラリである。
いつだって思いのままに生きてきた。
好きなことに対して真剣に向き合ってきた。
ただ、それだけのことである。何もかもが変わっても、キラリはキラリだ。そのことに気付いた彼女は、胸を張って堂々と宣言してやった。
「『好き』って言わせてやる……りゅーくんと、両想いになってやる! それで、あんたを見返してやるっ! アタシの思いを、二度と否定できなくしてやるっ!!」
そう言って、乱雑に少年を振り払う。胸倉を掴まれていた彼はよろめくように体勢を崩して、地面に倒れた。
そんな彼を見下ろしながら、キラリはもう一度叫ぶ。
「――アタシを……あたしを、しっかりと見てろよ!!」
もう二度と、バカになんてさせない。
キラリの物語を、否定なんてさせない。
その決意を言葉にして、少年を睨んだ。
これは喧嘩だ。言いたいことは言い切った。手も出した。傷つけた。だから今度は彼の番だと、キラリは身構える。
彼女は、殴られてもいいと思っていた。
先に手を出したのは自分だ。
暴力を振るわれても仕方ないと納得していた。
やりすぎた自覚もある。
確実に言い過ぎだし、別にそもそも彼は悪くない。
中山幸太郎は、ただキラリの思いを拒絶しただけだ。
すがりつこうとした彼女を振り払っただけで、キラリは逆上したのである。
でも、どうでも良かった。
ずっと押しとどめていた感情を爆発させて、気分は晴れやかだった。
ここからは、彼の反撃開始だ。
理不尽なキラリを言及して、暴力をやり返されて、痛みを与えられる。
でも、それでいい。これはキラリから吹っ掛けた『喧嘩』なのだ。
だから、痛みを受ける覚悟は、あった。
しかし、少年は――
「……そうか」
――何も、しない。
一方的なキラリの暴力を受け止めるだけ受け止めて、何もやり返しては来なかった。
「俺を見返したいのなら、ぜひそうしてくれ」
明らかに彼は、怒っていなかった。
いや、それどころか……その態度は、どこか嬉しそうにも見えてしまった。
「っ……意味、分かんない」
身構えていたのに、拍子抜けだった。
これだから彼は、やりにくい。キラリはため息をついて少年から目を逸らす。
じゃないと、自分の醜さに耐えられそうになかった。
獣のように吠えて暴れた自分に対して、彼はずっと冷静で理性的だった。
そういうところを見ていると、自分がとても情けなく思えて……キラリはもう、この場にいることができなかった。
「…………」
そのまま、踵を返す。
何も言わずに、校舎裏を歩き去る。
――絶対に、幸せになってやるっ。
心の中に激情の炎を灯して、彼女は前に進み続ける。
もう、その足取りに迷いはなかった――
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