第百十九話 結果

 叫ぶ。

 吠える。


 自分の感情を、目の前の少年に思いっきりぶつける。


「あんたには分からないでしょ!? 自分の全てを犠牲にしてでも、愛されたいと願うアタシの気持ちを!!」


 形なんてどうでもいい。

 とにかく彼女は、彼に愛されたいと願った。


「愛してもらえるなら、たとえあたしがアタシになろうと、関係なかった……それくらい人を好きになったことが、あんたにはあるの!?」


 あの日のことは、昨日のことのように覚えている。

 高校の入学式、初めて出会った竜崎龍馬という少年に、一目惚れした。

 運命の人だと、直感した。未だにその理由は分からない。でも、特定の誰かを好きになったのは初めてで、絶対に両想いになりたいと願った。


 彼女は昔から、好きなことに対して熱中するクセがあった。

 中学生の時は『物語』が好きで、ずっとそれに浸っていた。

 それだけが彼女にとっての全てだった


 高校生になってからは、『竜崎龍馬』がその対象になった。

 とにかく彼に夢中になった。好きな人と楽しむためには、好きになってもらわないといけない。だからその努力をした。


 竜崎龍馬への思いは、偽りなんかじゃない。

 ましてや『依存』なんて言われたくなかった。


 この思いだけは、バカにされたくない。

 依存相手を探しているだけ? そんなわけがない。そうであっていいはずがない。


「好きな人と結ばれたいって思うことが、そんなに悪いことなの? そのために自分を捻じ曲げてでも、好きな人の好きな人になろうと努力することは、いけないことなの?」


 恋をして、思いが実ってほしいと願って、そのために努力をする――キラリがやったことは、たったそれだけのことだった。


 なのに、目の前の少年はそれを否定した。

 キラリの努力や思いに、唾を吐いて踏みにじった


 それが、許せなかった。


「――違う。アタシは、間違っていない。アタシはただ、彼に好きになってもらいたいだけだった。たったそれだけのことなのに、なんで……バカにするの? 否定するの? アタシを、見下すの?」


 応援してほしい、とは考えていない。

 見守ってほしい、なんて言っていない。

 ただ、見たいなら見ればいいと、思っていただけなのに。


「ねぇ、こーくん……教えてよ。あんたはどうして、アタシをバカにする? 言ってよ。ねぇ、ちゃんと答えてよ……中山幸太郎!!」


 怒鳴る。感情に任せてもう一度ほっぺたを叩いてやりたい気分だった。

 でも、それはしない。人を叩くと、自分だって痛いことを、さっき知った。

 彼を叩いた手がズキズキとした痛みを放っている。手首と指に力が入らなかった。当然だが、キラリは人を傷つけることに慣れていない。反対に、傷つけられることにも慣れていない。


 叩いたことに後悔はなかった。

 でもこれ以上傷つけるのは、少し違うと思った。


「なんとか言ってよ……」


 一方的な暴力に、気後れしそうになる。

 傷つけた側のくせに、被害者ぶりたくなる。

 だけどそれは許されない。目をそらすことも、彼は許してくれない。


 胸倉を掴まれた少年は、しかしキラリから目を逸らすことなく、まっすぐに見つめ返している。

 黒い瞳には、酷い形相の少女がいた。怒りに支配された彼女は、まるで少年を殺そうとしているようにも見えてしまった。


 それでも彼は、キラリの思いを真正面から受け止めていた。


「――結果を出せよ」


 鋭い一言が、キラリの胸を抉る。


「ギャーギャー喚くだけで何かが変わるか? 形になっていない努力で満足するなよ。今のお前はな、その程度の人間にしか見えないんだ」


 ……そうだ。キラリはまだ、何も手に入れていない。

 こんなに大好きになったのに、意中の人間を振り向かせることも、できていない。


 こんな状態では何を言ったところで無意味だと、中山幸太郎は言っているのだ――

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