第百十八話 裏切り

「惨めだな。キラリ……悲劇のヒロイン気取りか? 傷ついて、悲しい自分に浸って、その足で立ち上がろうともせずに、救いの手を待ち続ける……哀れだな。もうお前は高校生だぞ? いいかげん、夢を見るのは終わりにしろ」


 ――違う。


 キラリは、首を横に振る。

 今は、そんな言葉が聞きたい気分じゃない。

 もっと甘やかしてほしい。優しくしてほしい。慰めてほしい。大丈夫だよと、なだめてほしいのに……っ!


「やっぱりまだ依存しようとしてるのか? くだらない……お前の人生を、物語を、誰かの手に渡すなよ。キラリは、キラリなんだぞ? 他の誰でもない、お前自身のことなのに、どうして他人を理由にしようとする?」


 ――痛い。


 心が、痛い。

 そんな酷いことを、言わないでほしかった。


(こーくん、今は違うよ……そうじゃないでしょ? あたしは、アタシは、とっても傷ついてるんだから、更に傷つけるようなことは、ダメなのにっ)


 場違いだと思った。

 望んでいない言葉に、思わずキラリはこう言ってしまった。


「そんなに厳しいこと、言わないでよ……」


 自分でもびっくりするくらい、震えた声だった。

 泣く寸前のその声に、しかし目の前の少年は容赦しなかった。


「甘えるなよ。俺はお前のヒーローじゃない。主人公じゃない。よく聞けよ……中山幸太郎にとって、浅倉キラリはヒロインじゃないんだ。それなのに、救ってもらえるなんて思うな。縋りつこうとするな。依存なんて、するな」


 否定される。

 思いの全てを、拒絶される。


 自分の弱さを、見せつけられるように。

 キラリが見て見ぬふりしていた現実を、叩きつけるように。


「ただ、それでも俺に甘えたいのなら……縋りつきたいのなら、依存したいのなら、這いつくばれ。頭を下げろ。俺という存在に、ひれ伏せばいい。それが望みなんだろ? 他人を生きる理由にしたいんだろ? それはつまり、そういうことなんだよなぁ?」


 見下されていた。

 嘲笑されていた。

 揶揄されていた。

 愚弄されていた。


 つまり、中山幸太郎は浅倉キラリを、こう思っていたのだ。


「可哀想なサブヒロインちゃんに、恵んでやるよ。モブキャラの愛情がほしいんだろ? 全てはあげられないけど、まぁ一部くらいならくれてやってもいい。昔の縁もあるし、たまに話しかける程度のことはやってもいいぞ? だから、お願いしろ。懇願しろ。お前のできる最大限の誠意を見せろ。そうしたら、生きる理由になってやるから」


 ――可哀想だと、そう言っている。


 哀れで、惨めで、情けないと、ハッキリ言っている。

 じゃないと、こんなことは言えない。まるで、キラリを人間とは思っていないような言葉だった。


「自分で自分が何者か分からないような弱い人間なんだから、プライドなんてないだろ? だったら、頭を下げてくれ。そうしたら、俺が救ってやる。お前は結局、一人では生きられない可哀想な人間だからな。何が『竜崎龍馬に自分の全てを捧げたくなった』だよ……キラリ、お前の思いは『恋』なんかじゃない。ただ『依存相手』を探していただけだ」


 ――っ!


 その時、何かが爆発した。

 ずっと奥に引っ込んでいた感情があふれ出して、自分の中を駆け巡る。


 ――違うっ!


 そうじゃない。こんな結末を望んでいたわけがない。


 ――バカにするなっ!


 浅倉キラリを、侮辱するな。

 心から湧き上がるそれは『怒り』という感情だった。


「……イヤだ」


 震える声が、自然と漏れる。

 しかしその声はまだ小さく、中山幸太郎にも届いてない。


「え? なんだって?」


 なおもバカにするような態度でも、更にキラリは爆発した。


「イヤだって、言ったの!」


 だらけきっていた体に、活力がみなぎる。

 全身が熱かった。はらわたが煮えくり返りそうだった。もう、自分を抑えきれることはできなかった。


「頭を下げろ? 何様だ……うぬぼれるな! アタシを、見下すなっ。同情するな! 可哀想だなんて、言うな!!」


 叫ぶ。立ち上がる。目の前の少年のほっぺたを、思いっきり叩く。




 パチンッ!




 乾いた音が鳴り響く。しかしキラリの感情は収まらない。衝動に身を任せて少年の胸倉を掴み、そのナマイキな顔にもう一度叫んだ。


「アタシを、バカにするな!!」


 確かに、キラリは惨めだ。失恋した負け犬だ。哀れな道化にも見えるかもしれない。


 でも、だからってバカにされるのは、許せなかった。


「アタシの恋(ラブコメ)を……物語を、否定するなっ」


 そう。彼女だって、物語を持っている。

 失敗も多いし、見るに堪えない駄作かもしれない。でも、だからって否定される理由にはならない。


 だって彼女は、がんばっている。

 幸せになりたくて必死につづってきた物語なのだ。


 それを否定されて、怒らないわけがなかったのである――

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