第百十七話 惨め

 ――いったい、どれだけの時間が経ったのだろう。

 長いようで、短いような。そんな空白の時間が、続いていた。


「…………」


 無言で、校舎裏の一画に座り込む。

 さっき、大好きな人が告白していた場所だった。その相手はもちろん自分ではない。ましてや、他のライバルの女の子でもない。いきなり出てきて横から割り込んできた、転校生の美少女だった。


(結局、何も意味がなかったんだなぁ……)


 告白の行方に関しては知らない。いや、知ろうとしなかった。どうでも良かった。ただただ、ショックだったのだ。


 好きな人が、別の人を愛する決意をした――それはやっぱり、辛いことだった。


(霜月しほの時は、見て見ないふりできたけど……もう、ムリかも)


 今までの全てを否定された気分だった。

 好きになってもらいたくて尽くしたけれど、無意味だった。

 気持ちが届くことはなく、好きな人は遠くに行ってしまった。


 もう、何も分からない。分かりたくない。分かることなんてできない。

 自分が誰なのか。これからどうすればいいのか。何を目的に、どんな顔で、どんな選択をすればいいのか、分からない。


(教えてよ……誰か、アタシのことを、教えてよっ)


 誰かに全てを背負ってほしかった。

 その代わりに、自分の全てを捧げても良かった。


 認めてほしい。救ってほしい。全部を決めてほしい。支えてほしい。すがりつかせてほしい。


 浅倉キラリは、とにかく誰かに『依存』したかった。


 そんな時である。


 彼が、現れたのは――


「……おいおい、どうしたんだ?」


 ――声が、聞こえた。


 ハッとして顔を上げると、そこにいたのは……かつての『親友』だった。


「そんなに落ち込んで、何かあったのか?」


 心配そうな顔で、彼は歩み寄ってくる。


「大丈夫か? 元気出せよ、キラリ……なんでも言ってくれ。俺が、お前のためにがんばるからっ」


 まるで、俺に依存してもいいと言わんばかりに……手を差し伸べてくれている。


(こーくん……!)


 目の前にいたのは、地味な少年だった。

 でも、今の彼はとても眩しく見えた。


 まるで、白馬の王子様である。

 一番辛い時に来てくれた少年に、キラリは思わず泣きそうになる。


 救われた気分だった。


 少しだけ、すれ違った時はあったけれど。

 なんだかんだ、キラリの一番の理解者は中山幸太郎だったのだ。


(そっか。アタシが大切にするべき人は……こーくんだったんだっ)


 間違えていた。竜崎龍馬にたぶらかされて、彼の好きな人になってしまった。

 でも、キラリがなるべきキャラクターは、中山幸太郎の『好きな人』っだったのだ。


(そっか。アタシは『あたし』で良かったんだ……!)


 自分が、見つかる。

 見失っていた姿をようやく発見できて、胸をなでおろす。


(これから、こーくんのために生きよう……この人のために、あたしの全てを捧げようっ)


 改めて、決意する。

 自分というヒロインを救ってくれた少年を、何よりも愛しく思う。


「キラリ。俺が、そばにいるからなっ」


 彼は、優しい笑顔を浮かべて手を差し伸べてくれていた。

 キラリも手を伸ばして、すがりつこうとする。支えてもらおうとする。依存しようと、手を伸ばす。


 しかし……その手が掴んだのは、虚空だった。






「――なんて、言うと思ったか?」





 手が、消える。

 否、キラリが掴もうとした瞬間にかわされた。


「…………え?」


 呆然とする。何が起きたのかよく分からなくて、混乱する。

 助けてくれると思っていた。救ってくれるはずだった。これからの生きる指針にしようと思っていた。


 でも、そんな思いを全て、目の前の少年は踏みにじったのだ――

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