第百十六話 悲恋



 中山幸太郎の変化を見て、キラリは素直に憧れた。


(アタシも、こーくんみたいになりたかった……)


 報われたい。片思いだけじゃ嫌だ。

 認められたい。あなたのために全てを捧げたこの思いを、褒めてもらいたい。

 愛してほしい。だってこんなに、好きになったのだから。


 でも、キラリが好きになった少年は、ずっと振り向いてくれない。

 どんなにがんばっても、竜崎龍馬は応えてくれない。


 そのせいでキラリは……自分がよく分からなくなってしまったのだ。


(中学生の時は、こうじゃなかったのに)


 最近、彼女は中学生の時をよく思い出すようになっていた。

 最初は友達がいなくても平気だった。大好きな物語に包まれていれば、怖い物など何もなかった。


 でも、ある日……彼と出会ってから、人と関わるのも悪くないと思うようになった。


(こーくんと出会ってから……アタシは、弱くなった)


 中山幸太郎が、初めての友達だった。

 彼がいたから他人に興味を抱くようになった。

 彼のせいで、一人が寂しいと感じるようになった。


 そんな時に竜崎龍馬を見て――恋に溺れた。

 運命の人と思い込み、この人とずっと一緒にいることを夢に見るようになってしまった。


 おかげでもう、戻れない。

 孤独でも苦痛じゃなかったあの時に、帰ることはできない。


(アタシはもう、中学時代には戻れないんだ……)


 一応、戻ろうとはした、

 中学生の時みたいに中山幸太郎と仲良くなれれば、それで寂しさは埋まると思った。


 でも彼は甘えさせてくれなかった。

 すがりついても、支えてくれなかった。

 つまりこれは、代償だったのだ。


(アタシが、あたしを捨てた時……こーくんも一緒に、消えちゃったんだ)


 だったらもう、道は一つしかない。


(このアタシが、アタシでいるためには――りゅーくんに、愛されるしかないんだ)


 追い込まれていた。

 ここで失敗したら、いよいよキラリは自分を否定してしまう。


 そうなったらいよいよ、キラリは何者にもなれない存在になってしまう。


(そんなの『モブキャラ』じゃん……)


 キラリがなりたかったのは、素敵なメインヒロインである。

 決して、名前のないようなモブキャラではない。


 そんなの絶対に、認めたくない。

 だから彼女は決意した。


(告白する……それでりゅーくんに、愛されてやるっ)


 文化祭が終わったら、すぐにでも。

 思いを伝えて、結ばれたい。愛してほしい。褒めてほしい。

 こんなキラリを、受け入れてほしい。


 そう、思っていたのに。


「メアリー。俺、お前のことが好きだ……付き合ってくれないか?」


 彼女は、見てしまった。

 好きな人が、告白をする瞬間を。

 もちろんその相手は、自分じゃなかった。


(そんな……っ)


 告白すら、させてもらえなかった。

 演劇が終わって、ずっと二人きりになる機会を探して竜崎の後を追いかけていたら、人のいない校舎裏で、彼は告白をした。


 そしてその相手は、自分ではない女の子だった。


(そんなの、酷い)


 絶望する。物陰に隠れていた彼女は、地面に崩れ落ちて唇をかみしめた。

 もう、分からなかったのだ。


(アタシは、いったい誰なの? ねぇ、りゅーくんに愛されなかったら、アタシがアタシでいる意味なんか、ないのにっ)


 こんな時にも、中山幸太郎の問いかけが頭に浮かぶ。


『君はいったい、誰なんだ?』


 その答えは、彼女本人にも分からなかった――

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