第百十五話 浅倉キラリ視点

 あれからずっと、浅倉キラリは考えている。


『君はいったい、誰なんだ?』


 友達だと思っていた少年に問いかけられた一言に、しかし彼女は答えを見つけることができないでいた。


(アタシはいったい、あたしなの?)


 浅倉キラリは自分が分からなくなっている。

 彼に問われるまで、あまり気にしたことはなかった。

 ただただ自分の思いのままに生きていただけなのに、いつの間にキラリは自分を見失っていたのだ。


(りゅーくんに出会ってから、あたしは……アタシになった)


 きっかけはよく覚えている。

 高校の入学式。竜崎龍馬という少年に出会って、彼女は自分を変える決断をした。


(りゅーくんの好きな人になりたかっただけなのに……)


 あの時はまだ、キラリは『キラリ』だった。

 髪形を金髪に変えても、カラーコンタクトを着用するようになっても、口調を変えても、服装を変えても、彼女は自分を保てていた。


 でも、とある日……彼女は、自分の存在意義を見失ったのだ。


(そうだ。アタシは……宿泊学習の時に、よく分かんなくなったんだ……)


 忘れられないできごとだった。

 片思いの少年に、好きな人がいた。

 たったそれだけのできごとで、キラリは自分自身に疑問を抱くようになったのだ。


(りゅーくんが言った通りの人になったのに……好きになってくれないなら、アタシはアタシでいる理由があるのかな?)


 彼は言った。出会った直後、好きなタイプを聞いた時のことだ。


『髪色が派手な人が好きだな。黒髪も嫌いではないんだけど……どっちかというと、西欧風の見た目が好きかもしれない』


 キラリはその言葉を素直に聞き入れた。翌日に自分を変えて、性格を捻じ曲げて、とにかく竜崎龍馬に気に入られようとした。


 おかげで仲良くはなれたのだが、結局その思いが実ることはなく。

 宿泊学習で彼が幼馴染の霜月しほを好きと知ってた時に、キラリは自分のことがよく分からなくなったのである。


(そっか。あの時だ……あの時に、りゅーくんの思いを知って……いや、それだけじゃない。アタシは……こーくんを見て、自分がよく分からなくなった)


 好きな人だけが、理由ではなかった。

 友達と思っていた少年を見て、彼女は強くこう思ったのだ。


 ――アタシ、何やってるんだろう?


 ああ、そうだった。

 キラリはようやく気付いた思いに、奥歯をかみしめた。


(こーくんは変わった。中学時代よりも、ずっと魅力的になっていた……でも、アタシは? 今のアタシは、本当に中学時代の時よりも素敵になっているの?)


 宿泊学習の時、みんなの注目を浴びながらも、一人の少女を守っていた彼は、とても素敵だった。


 キラリと違って、活き活きとしてた。

 控えめに言っても、その姿はかっこよかった。


 きっとそれは、あの人のおかげなのだろう。

 中山幸太郎が必死に守ろうとしていた霜月しほという少女が、きっかけだったのだろう。


(こーくんは、自分を認めてくれる人に出会ったんだ)


 彼女のおかげで、彼は変わった。

 人間として大きく成長していた。


 そんな関係性の二人を、彼女は羨ましく思っていたのだ。


 中山幸太郎と霜月しほは、いつも幸せそうだった。

 教室の隅で、いつも二人は仲が良さそうだった。

 小さな声でおしゃべりをして、笑い合い、お互いを思い合っている。


 竜崎龍馬とそんな関係を築けなかったキラリは、その光景が眩しく見えた。


 だから余計に、自分が惨めだと思った。

 こんなはずじゃなかったのに……と、疑問を抱くようになった。

 竜崎龍馬の好きな人になれない自分を、自分だと思いたくなくなった。


 そのせいでキラリは、自分が誰なのか分からなくなったのである――


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