第百十四話 ざまぁ系ラブコメの山場

 ――いよいよ、演劇が始まる。

 文化祭二日目。一般参加もある本日、一年二組による最初で最後の演劇が行われようとしていた。


 演目は『美女と野獣』。悪い魔法使いのせいで野獣になってしまった青年が、真実の愛を見つける物語である。


「ふぅ……」


 息をつく。柄にもなく緊張しているようで、手が震えている。

 思い返してみると、こうして注目を浴びるのは初めて――でもないか。


 宿泊学習の時も、そういえばしほのために舞台に上がった。

 あの時に比べたら、演技をする分マシかもしれない。


(しほはたぶん、どこかにいるんだろうなぁ)


 彼女の顔を見たいけど、舞台袖にその姿はなかった。小道具係なので、今はきっと邪魔にならない場所で見守ってくれているだろう。


 でも、彼女の残り香はある。


 舞台の一部、装飾の施されたその一角には……形が不揃いな折り紙のリボンがあった。不器用ながらに一生懸命折ったのであろうそれを見ると、心が安らぐ。


 これは、あの子が望んだ舞台でもあった。

 俺のかっこいいところが見たかったと、彼女は言っていた。


 この座は、あの子が俺のために手を挙げてくれたから、獲得できたものである。

 だから今度は、俺ががんばる番だ。


 メアリーさんの思惑とか、竜崎の逆恨みとか、キラリの失恋とか、そういうのは一旦忘れてしまおう。


 今はただ、彼女のために。

 この演技は、観客に見せるためのものでもない。


 しほのためだけに、主役を演じよう。


 本当はただのモブキャラでしかない、地味な人間だけれど。

 でも俺は、彼女だけの『主人公』なのだから――






 ――終幕のベルが鳴る。

 舞台上で演者が並び、観客席に一礼する。

 その瞬間、大きな拍手が会場に鳴り響いた。


 演技の様子は面白みがなかったので割愛させていただこう。


 これはただの前振りだ。物語上における役割を考えるのであれば、竜崎を押しのけて俺が主役になった、という後々の関係性を匂わせたかっただけにすぎない、小イベントである。


 演技はまぁ、悪くなかっただろう。

 学生レベルで考えるなら上出来だったはず。


 その証拠に、客席は演劇が終わって賑わっていた。

 演者の一同も、一人を除いてみんな満足そうだった。


 まぁ、その一人である竜崎は演劇の練習中だろうと仏頂面だったので、ある意味ではいつも通りなのだが。


 うん、こんなものだろう。

 しほのいない物語における俺なんて、目立った活躍もできなければ、印象に残る失敗もしない。そこそこに普通という完成度だった。


 さて、演劇は終わった。


 しかしそれは、開幕を知らせる鐘楼でもあるわけで。


 後は後夜祭と打ち上げしかないのだが……ここからがきっと、本当の始まりであう。


 メアリーさんが心から愛する物語――『ざまぁ系ラブコメ』が山場を迎えたのだ。


 ここから竜崎はどんどん落ちぶれていくことになる。

 裏切られ、捨てられて、全てを失い、絶望する。


 ああ、なんてくだらないんだろう。

 俺程度の悪役に敗北して……いや、今回に限っては俺が手を出さずとも、滅びていった。


 やっぱり、竜崎龍馬のラブコメはくだらない。


 なぁ、竜崎……俺を見返したいんだろう?


 だったら、もっとがんばってくれよ。

 どうかお願いだから、俺が大切にしていた女の子たちくらい、幸せにしてくれよ。


 ……なんて祈っても、まぁ無理か。

 竜崎はただのハーレム主人公様である。それ以上でも、それ以下でもないのだから――

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