第百十三話 ありのまま
ゴシゴシゴシゴシ。
まるでお皿を洗うみたいに、しほはハンカチで俺をこすっている。
「あ、あんまり落ちないわ……うぅ、私の幸太郎くんが汚されたみたいでとってもイライラしちゃうっ」
……やっぱり、しほの感性は独特だ。
彼女は他の人間とは違う世界観を持っている。
まるで、装飾の施された俺が好きなわけではないと、言わんばかりに。
今の俺を否定するということは、即ち過去の俺を肯定しているということだ。
その気持ちが、素直に嬉しかった。
「しほは、やっぱりちょっと変な子だな」
「うるさいっ。その顔で私の名前を呼ばないで? 何よ、テレビのアイドルみたいな顔になっちゃって、調子に乗ってるのかしら? しかも教室でキャーキャー言われて満更でもないような顔をしてるし、とっても不快だわっ」
「……そ、そこまで言う?」
別に満更でもない顔をしていたつもりはないんだけどなぁ。
でも、嫉妬深いしほちゃんにはそう見えちゃったらしい。
「勘違いしないでくれるかしら? 幸太郎くんなんて、所詮は素敵で聞き上手で私のことを大切にしてくれて私の前でだけ笑ってくれて私をとても愛してくれているだけの男なんだからねっ!」
「ごめん、何を勘違いしているのか分かんないや」
しかもめちゃくちゃ褒められているので照れ臭い。
いや、こんなに好意的に思ってくれていたことが予想外だったので、思わぬ言葉にドキドキしてしまった。
この子はなんで、こんなに男心をくすぐるのが上手なのだろう?
これはもう、天性の才能なのかもしれない。たぶん、母親のさつきさんから受け継いだ魅力の一つなんだろうなぁ。
「だから、私が言いたいのは……ありのままのあなたが、一番素敵だと思っているってことなのっ。お化粧をしたあなたを見ていると、もったいなく感じちゃうわ」
――ほら。
やっぱりしほは、他の女の子とまったく違う。
この子は虚飾を嫌う。物事の外側ではなく、内側を見る。だから惑わされないし、自分をしっかりと持っている。キラリみたいに、自分を見失うようなことにはならない。
「しほは、メイクしないのか?」
「ええ。だって、する必要がないもの? ほら、私ってパパとママから素敵な皮膚をもらったから、手を加えたりしたら二人に失礼だわっ」
皮膚って……いや、間違ってはいないんだけど。
要するに、両親の遺伝子のおかげで素敵な顔立ちになったから、それ以上を望んでいないということか。
しほはなんだかんだ、自分がかわいいことも知っている。だけどそれはただのもらいものだから、あまり自慢はしないようだけど。
「それにね、お化粧をした後の私よりも、お化粧をしない私を愛してほしいもの……そうでないと、寂しいわ」
キラリみたいに、自分を捻じ曲げてまで愛されようとはしない。
ただただ、自分という存在を受け入れてくれる人だけを求めている。
だから、霜月しほはずっと『霜月しほ』のままなのだ。
これが、サブヒロインとメインヒロインの違いでもあるのだろう。
「まぁ、もっとかわいくなりたい――という気持ちは、分からなくもないわ。お化粧を否定するつもりもないし、私も少し興味はあるのよ? でもね、幸太郎くんは禁止っ。私のものなんだから、勝手に汚さないでほしいもの」
「でも、明日は許してくれよ? 一応、主役なんだから」
「……あ、明日だけだからねっ? これからはずっと、ありのままのあなたでいてね? 私だけの、幸太郎くんでいてねっ」
「それは、もちろん」
「約束よっ? ほら、ゆびきりしましょう?」
かわいい小指が差し出される。俺の小指を繋ぐと、しほは力強く握ってきた。
「…………えへへっ♪」
さっきまでは、ずっと不機嫌そうだったけど。
手をつないだら、しほは途端に笑顔になった。
少し、めんどくさいところはあるけれど。
この子は逆に、簡単な女の子でもあるのだ。手をつないだら、たちまちに機嫌が良くなったのだろう。
そんな彼女は、やっぱりかわいかった――
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