第百十二話 ハッピーエンドとは
空き教室を出ると、そこはまるで異空間のようだった。
賑やかな校内はどこも文化祭一色だ。自分のクラスの出し物を宣伝する生徒や、イベントを楽しんで騒いでいる生徒もいて、うるさいくらいである。
そういえば今は、文化祭の最中だっけ。
あまり騒ぐ気分にはなれないけど、暗い顔をしているのは場違いか。
苦笑しながら、自分の頬を軽く叩いた。
「…………よしっ」
こんな顔をしていては、かわいいあの子を悲しませてしまう。
だから気分を切り替えて、再び顔を上げた。
すると目の前には、当然のようにメアリーさんがいたので、思わずため息をついてしまった
「せっかく気分を切り替えたのに……はぁ」
「おやおやぁ? 美女の顔を見てためいきをつくのは良くないねぇ。色男になったせいで自信過剰になったのかなぁ~?」
「うるさい」
今はメアリーさんに付き合う余裕がない。乱雑に振り切ろうと試みたけど、しつこく付きまとってくるので不快だった。
「どうしてそんなにイラついているのかなぁ~? あ、もしかして、そんなに女の子を拒絶したことが苦しいの~?」
……やっぱり盗み聞きしていたのか。
相変わらずこの人は、性根が腐っているなぁ。
「そんなに辛いのなら、受け入れてあげればいいのにねぇ? その方がいいよっ! そうしたら、みんな幸せになれるよ? そっちの方が、ハッピーエンドに近くなると思わないのかなぁ~?」
「……そんなわけないだろ」
しほが悲しむ結末がハッピーエンドなわけがない。
まったく、くだらない。聞く価値もない戯言に付き合うほど暇じゃないのだ。彼女は無視して、さっさと教室に戻ろうとする。
そんな俺に、メアリーさんは言葉を止めない。
一方的に、またしても語り出した。
「まぁ、今回はがんばって拒絶したけど、次はどうなるか楽しみだよ。今度はなんと、ついにキラリが振られちゃうよ? その時、壊れかけた彼女を前に、はたしてコウタロウが無情を貫けるのか……楽しみだねぇ」
「――っ」
不意に、息が止まりそうになった。
そうか、彼女のシナリオではついにキラリが振られるのか。
それはたぶん、現実となるかもしれない。
俺に拒絶された彼女は、ヤケを起こしてついに竜崎へ告白するのだろう。そして振られて、彼女がボロボロになったところで、メアリーさんは再び俺を投入するのだ。
その時、果たしてどんなことが起きるのかは……想像もしたくなかった。
「じゃあ、そういうことだから、後でまた楽しみにしてるよ~」
そう言ったと同時に教室に到着したので、俺は何も言うことができなかった。
しかもメアリーさんは、あえて場を乱すように……わざとらしく、声を張り上げてこう言った。
「うわぁ! コウタロウ、すごくイケメンだよー!」
その言葉がで、教室にいたクラスメイトが一斉にこっちを見た。
メイクを施した俺の姿を見て、みんな驚いていた。
「ふむ。結構、変わりますね。主役としての風格が出て何よりです」
「お、おお……おにーちゃんが、おにーちゃんじゃないっ!!」
特に、俺と交流のある仁王さんと梓は声をかけてくれた。
キラリの化粧技術はかなり良いのだろう。他のクラスメイト達にもジロジロと見られて、少し居心地が悪い。
「ちっ」
そして竜崎も不機嫌になっていた。メアリーさんが騒いだので、それが面白くなかったんだろうなぁ……この人、黙らないんだよ。俺だって困ってるんだから、そんなに睨まないでくれ。
「……むむむっ」
それから、意外なことに……教室にはもう一人、不満そうな子がいた。
しかもそれは、しほだった。
「ちょ、ちょっと来てっ」
しほは珍しく慌てた様子で俺の方に駆け寄ってきて、不意に腕を掴んできた。何をするのかと見守っていると、そのまま引きずって教室の外に出て行こうとしていた。
「どこに行くんだ?」
「いいから、きてっ」
ズルズルと引きずるように、しほが俺を外へと連れ出す。
そうして到着したのは、いつかも来た校舎裏だった。
文化祭とは縁のない静かなここで、彼女はようやく足を止める。
それからしほは、おもむろにハンカチを取り出したかと思ったら……俺の顔を、ゴシゴシとこすり始めた。
「ちょっ、なんで? しほ、どうしたんだ?」
いきなりの出来事に混乱していると、しほはほっぺたを膨らませる。唇も尖っているので、明らかに不機嫌そうだった。
「私は、ありのままのあなたが好きなのっ。今の幸太郎くんは、見ていてなんだかムカつくの!」
どうやらしほは、化粧の施された俺の顔が嫌だったみたいである――
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