第百十話 哀れで惨めで可哀想なヒロイン
今は空き教室で、キラリと二人きりの状態である。
彼女は男の俺にはよく分からない化粧道具を手に取って、色々と俺の顔や髪形をいじりだした。
「前はごめん。アタシ、ちょっと変な感じになってたじゃん?」
手を動かしながら、口も動かす。
俺は望んでいないのに、キラリは会話を試みる。
無言を嫌うような態度が、悲しかった。
中学時代は逆に無言を好むくらい、しっかりとした自分の世界観を持っていたのに……。
あれだけ俺に言われても、まだ媚びようとしている。
前までの彼女なら、真向から立ち向かってきただろう。自分の思いを、信念を、思いっきり俺にぶつけてきただろう。
そんな彼女は、本当にかっこよかったのに。
今はもう、見る影もなかった。
「別に、こーくんのことを怒らせたいわけじゃなかった。あの時はちょっと、おかしくなってただけ……だから、ごめんね? アタシはただ、中学の時みたいに……気軽に話したかっただけっていうか……」
――この子も、ダメか。
竜崎と同じようにキラリもまた、ただのサブヒロインでしかないのか。
梓みたいに、メインヒロインに食ってかかるような片鱗はまったく見えない。どこまでいっても、主人公様に都合よく扱われるだけの、可哀想な女の子でしかない。
仮に竜崎の物語が通常のハーレムラブコメであれば、キラリはただの数合わせ要員になっていたかもしれない。それくらい彼女は、惨めなキャラクターになっている。
そんな彼女に今更強い言葉をかけるのは、可哀想だ。
申し訳ないが……俺はキラリに同情していた。俺も別に、こんな風になってほしかったわけじゃない。もしかしたら奮起してくれるかもと思って、厳しい言葉をかけた――という側面もある。
だけどキラリは、乗り越えてくれなかった。
だからもう、これ以上責めるのは可哀想だと思ってしまって……俺は、口をつぐむことしかできなかった。
「…………あ、あのさっ」
でも、キラリはなおも言葉を続ける。
一生懸命、俺の気を引こうとしている。モブキャラあった俺に媚びを売るなんて……哀れなヒロインである。
「そういうわけだけど、別にこーくんが嫌なら無理しなくていいし? アタシは、不快な思いをさせたいわけじゃなった、ってだけだから……」
知ってるよ。
俺も意地悪したいわけじゃないよ。
だからもう、何も言えない。
君を傷つけたいわけじゃないんだ。
だから……お願いだ。もう、黙ってくれ。
これ以上そんな可哀想な姿を見せられたら、泣いてしまいそうだ。
それくらい今のキラリは、痛々しかった。
「えっと……で、できた! ほら、見て? アタシ、結構メイク上手でしょ? こーくん、めちゃくちゃイケメンになってるじゃんっ!」
口も動いていたが、同様に手も止まることはなかったので、メイクはきちんと終わっていた。手鏡を見せられて、俺は思わず目を大きくしてしまう。
「上手だな……」
まるで、俺じゃないみたいだ。
鏡に映っていたのは、なかなかの男前な顔の人間だった。
竜崎ほどではないが、その一歩手前くらいには見える。
少なくとも、普段の俺よりははるかにかっこいい。
「そ、そうでしょ!? アタシ、高校生になってメイク頑張ってるからっ。にゃははっ、こーくんに褒められたら嬉しいかも?」
思わず発してしまった一言で、キラリはすごく嬉しそうな顔をした。
その表情がまた、心を痛くする。
まるで、道端に捨てられた子猫を、一度抱いてしまった後のような。
色々と考えて飼えないことを悟って、箱に戻した子猫が呼びかけるように鳴いているような……そんな姿が、今のキラリと重なった。
やめろよ。
この程度の一言で、そんなに喜ぶなよ。
なぁ、キラリ……君はそんな人間じゃなかっただろ?
なんでこんなに、弱くなってしまったんだろうか――
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