第百九話 文化祭

 十月中旬。秋も終わり、すっかり冬模様になったこの頃。

 白雲第二高校の文化祭が始まった。


 校内はすっかり文化祭一色である。

 期間は二日間。一日目は生徒だけで楽しんで、二日目は保護者など一般参加の人々も訪れる。


 演劇は二日目のみ行う予定らしい。

 一日だけで済むのはいいのだが、しかしそれにしても準備が多い。


 演者は演技をするだけなのだが、特に小道具係や衣装係が四苦八苦していたのだ。


 おかげで昨日は前夜祭があったみたいだけど、参加できなかった。ずっと居残りで準備を進めていたのである。


 俺たちは所詮素人なので、要領が悪くなって当たり前だ。それでもみんなで協力しながら、一つの物事に取り組む――それこそが、文化祭の意義なのだと思う。


「霜月さん、もっとちゃんとやって! ほら、こうやるだけなのに、どうしてできないのっ?」


「うぅ……あずにゃん、もっと優しくして? 私、褒められて伸びるタイプよ? いいえ、もしかしたら褒められただけでも伸びないかも。甘やかされてようやく本気がでるのに、叱られたら何もできないわっ」


「梓はおにーちゃんみたいに甘やかさないよ? ほら、文句を言う暇があったらちゃんと手を動かして?」


「ぐぬぬっ。幸太郎くんが恋しい……彼ならもっと甘やかしてくれるのにっ。もういやっ。私、がんばりたくないっ。ダラダラしたい!」


「……じゃあ、がんばったらおにーちゃんの寝顔写真送ってあげるって言ったら?」


「卑怯だわ。鬼かしら? まさか悪魔の化身?」


「要らないの?」


「あ、ごめんなさい。ほしいです、どうかお願いしますがんばるからくださいっ」


 ……色々と、ツッコミどころは多いけれど。

 小道具係のしほもがんばっていた。今は装飾に使う折り紙のリボンを作成している。しかし不器用だから作業がはかどっていないのだろう……演者の梓が手伝ってあげていた。


 二人が仲良くなったのは本当にいいことだと思う。俺はなんだかんだしほと性別が違うので、どうしても一緒にいれないことがある。でも梓がいるので、最近はそういう時も安心できるようになった。


 微笑ましいやり取りは、見ていて心が癒される。

 本当はずっと見ていたかったけど、開演前日ということもあって、俺にもやることはあった。


「中山さん、来てください。少し、メイクをしたいので」


 委員長の仁王さんに呼ばれて、教室を出る。

 案内されたのは、隣にある空き教室だった。ここも文化祭の準備で使っていいことになっていて、明日使用する道具などを保管している。


 その隅っこがメイクをする場所となっているようだ。今はメアリーさんが自分で何かやっている。


 野獣役をすることになったので、俺は特にメイクがめんどくさい。野獣の時は荒々しい風貌にならないといけないし、魔法が解けたらそこそこの青年に戻る必要がある。


 まぁ、別に化粧は必要ないのでは?という意見もあった。現に、竜崎は顔立ちがそこそこいいので、衣装を着飾っただけで準備完了となっている。


 俺もウィッグとか、シークレットブーツとか、そういうので誤魔化してはいるのだが、やっぱりメイクは必要という結論に至った。特徴のない顔立ちで申し訳ない。


「それでは……浅倉さん、お願いします」


 そして、俺のメイク係はなんとキラリがやることになっている。クラスで一番化粧がうまいらしい。高校デビューでギャル化したおかげなのだろうか。


「うん、了解。にこちゃん。後はやっておくから、戻っていいよ」


「はい。でも、その呼び方はやめてくださいね」


「はーい。次から気を付けるね~」


 よそよそしいやり取りの後、仁王さんは空き教室を出ていく。彼女は全体の監修役なので、一番忙しそうだ。


 それでもどこか楽しそうに見えるのは、きっと物語が本当に好きだからだろう。

 しかし、かつて物語が大好きだったはずの彼女は、とてもつまらなそうな顔をしていた。


「「…………」」


 本屋さんでの一件以来、一度も言葉を交わさなかったので、なんだかとても気まずい。


 キラリは仁王さんの前でこそ強がっていたが、彼女がいなくなったら途端に無表情になった。まだ、自分がどんなキャラクターで、どんな表情をしていいのか分からないのだろう。


「ふんふーん♪ できたー! よーし、リョウマにみせてこよーっと」


 一方、一人でメイクをしていたメアリーさんはわざとらしくそう言って、教室から出ていった。たぶん、俺達を意図的に二人きりにしたのだろう。


 彼女のプロットでは『キラリが俺を好きになる』ということになっていた。そのためのイベントが、今と判断したのかもしれない。


「……なんか、やりにくいかも」


 キラリも、メアリーがいなくなるとすぐに話しかけてきた。


「でも、話がしたいと思っていたから、ちょうど良かったのかな?」


 でも、その態度は……どこか、媚びているようにも感じてしまった。

 それは、俺が最も見たくなかった彼女の姿だった――

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