第百八話 喜怒哀楽が『感情』で、動けば総じて『感動』になる
決めゼリフを決めたメアリーさんは、満足そうに笑っていた。
「だから、明日はよろしく頼むよ? ワタシが指示を出したら、その通りに動くだけでいいから……言うことを聞かないと、君が大好きなあの子も巻き込んでしまうかもしれないから、気を付けてね?」
「ああ、もちろん。しほにさえ関わらなければ、なんでもいいよ」
頷くと、エミリーさんは邪悪な笑顔を浮かべる。
……やっぱりしほとは違って、かわいくない笑顔だった。
竜崎はこんな笑顔のどこがいいと思ってるんだか。
まぁ……あいつは『本物』を知らないから、仕方ないか。
人を本気で好きになったことがなくて、いつも流れに流されて、ただ存在するだけで愛されるような人間が、人を愛せるとは思えない。だからきっと、愛された女の子が浮かべる素敵な笑顔を、竜崎は知らない。
望めばいつでも、手に入れられたものなのに。
梓でも、キラリでも、結月でも、誰でもいい。本気で向き合って、本気で恋をすれば、あいつもきっと『幸せ』を手に入れられたかもしれないのに。
(竜崎龍馬のラブコメも、ここまでだな)
もう、諦めた。
あいつはただのハーレム主人公で、それ以上でもそれ以下でもない。
恐らく、メアリーさんに散々弄ばれて、彼女の思うがままにされて、終わりになる。
読者に『ざまぁみろ!』と思わせて、あいつは最後まで何も生み出すことなく、物語が終わる。
なんて悲しい人間なのだろう?
……まぁ、同情はしないけど。
これは、あいつが綴る物語だ。俺には関係ない……と、言いたいところだけど、遺憾ながら敵役という立ち位置にいるので、最後まで付き合わないといけないか。
ならばせめて、最後まで見届けよう。
敵役として、竜崎龍馬という主人公を徹底的に追い詰めてやろう。
それが、俺に出来る唯一の手向けである。
(でも、うーん……竜崎はともかく、その後――俺がハーレムなんて作るかなぁ?)
ただし、竜崎のラブコメが終わった後のことは、正直なところ完成度が甘いと言わざるを得なかった。
だってメアリーさんは、あの子の存在を無視している。
物語に縛られないあの子を、意図的に考えないようにしている。
だって彼女は、メアリーさんが扱いきれない程の存在感を有しているから。
……あるいは彼女がいなければ、恐らくそういう展開もありえたかもしれないけど。
(しほはかわいいヤンデレちゃんだからなぁ)
霜月しほは、普通の人よりもちょっぴりだけ、愛が重いのだ。
だから彼女がいる限り、ハーレムなんて絶対に許さないだろう。
(一人で勝手に動き出すキャラクターは、一番めんどくさいらしいからなぁ……メアリーさんもたぶん分かってはいるだろうけど、あえて無視しているのかな?)
かつて、キラリにオススメされた小説のあとがきで見たことがある。『本当はこんな結末にするつもりじゃなかったけど、キャラが勝手に動いて暴走した』と、作者が書いていた。
確かにその物語は、少し歪だった。
メインヒロインよりも人気のあるサブヒロインが、主人公と結ばれたのである。おかげで今まで張り巡らされた伏線も台無しになったけど、それも仕方ないことだと、作者は納得していた。
おかげで、その作品のレビューでは、賛否両論の意見が真っ二つに分かれていた。だけどそれは、名作である証でもある。
プラスの方向だろうと、マイナスの方向だろうと、感情が動けばそれは『感動』なのだ。それだけ読者の心を動かすことができたのなら、それはそれで作品として成功なのかもしれない。
ただし、メアリーさんはそんなこと、望んでいないだろう。
だって彼女は過程なんてどうでも良くて、『ざまぁみろ』と言いたいだけなのだ。きっと、自由に動くしほのことを煩わしく思うだろう。
でも、彼女には何もできない。所詮はテコ入れのサブヒロイン……いわゆる『偽物』なのだ。メインヒロインという『本物』を思いのままに動かせるはずがない。
だからきっと、メアリーさんが望むほど『ざまぁ』とは言えないだろう。だって俺はハーレムを作らないのだ。
つまり俺の立場は変わらないし、しほとはずっと『仲良しのまま』ということである。
(ほら、結局は君の思い通りにはいかないぞ?)
メアリーさんは思い通りにいくと信じて疑っていないみたいだが。
計算外のできごとは絶対にある。それを肝に銘じておけよ――と、心の中だけで言っておいた。
まぁ、伝えるような義理はない。
仮に今伝えて、用心したりするなら……それはそれで、めんどくさい。
竜崎が地獄を見るのは、正直なところ悪い気分にはならないけど。
何もかもがメアリーさんの思い通りにいくのも嫌だ。
二人がちょうどいい具合に、苦しんでくれればいいんだけど。
はたして、どうなることやら――
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