第百七話 自信の上には奢りがあり、謙遜の下には卑屈がある

 彼女は饒舌に語る。


「ワタシは本当にいい役者だよね。リョウマの心を見事に射止めた……にひひっ、思ったよりも簡単だったよ。承認欲求に支配されている哀れな男の子は、ちょっと肯定されただけでコロッと恋に落ちてしまうんだねぇ」


 自分のすじがき通りに物語が進んでいることが、さぞかし面白いようだ。


「それにしても、リョウマってなんであんなに何も考えてないんだろう? いっつも自分の感情に従って動いてる……まるで動物だよ。そうでなければ、こんなに愚か者でいられるはずがない」


「……あいつは何も考えていないわけじゃないだろ。ただ、鈍感なんだよ。他人の感情に鈍いから、自分の感情にしか従わないんじゃないか?」


「コウタロウ、過程なんてどうでもいいって前にも言ったよ? 結果的に、何も考えていないのは一緒だからねぇ……普通の男の子だったら、ユヅキやキラリを裏切ってまで他の女の子になびかないでしょ? にひひっ、本当に簡単な人間だねぇ」


 メアリーさんから見ても、やっぱり竜崎は異常に見えるらしい。


「正直、あんな人間を好きになれる理由が、ワタシには分からないよ。転校してからずっとリョウマと一緒にいたのに、彼の魅力が理解できなかった。ユヅキもキラリも、意味不明だねぇ」


「意味不明……そうだな、俺も意味不明だよ」


 理由なんて探したところで、納得できる答えはないだろう。

 その理由は『主人公だから』の一言で済まされてしまう。後付けの理由ならいくらでも出てくるだろうが、そんなの全てこじつけだ。


 結局、ご都合主義のおかげで竜崎は色々な女の子に愛されているだけだと、俺は思っている。


 だからメアリーさんの発言はしっかりと的を射ていた。

 さすが、クリエイターを自称するだけはある。キャラクターの分析は得意みたいだ。


「本当にリョウマは恵まれてるよ。彼自身が努力して手に入れた魅力なんて何一つないのに、よくここまでうぬぼれることができたと思うくらいに。そこが、コウタロウとの大きな違いだねぇ」


「違いって……別にそこだけじゃないだろ。俺と竜崎は、全然違う」


「いいや? 立ち位置が違うだけで、割と二人は似ているよ? ただ、コウタロウは謙虚……どころでは済まない卑屈野郎で、リョウマは自身を過信してうぬぼれているから、正反対に見えるだけだよ


 ……その視点は、なんだか新しかった。

 納得はできないが、理解はできる。なるほど、確かに自分で何も生み出していないという点において、俺と竜崎は似ているかもしれない。


 違いは、卑屈か傲慢か――たったそれだけだと、メアリーさんは言う。


「何かが違えば、コウタロウはリョウマになれたかもしれない。何かが変われば、リョウマはコウタロウになってしまうかもしれない。そんな二人の立場が逆転して、恵まれていたうぬぼれ屋が地獄を見る――ああ、とっても素敵な物語だよっ」


 なるほど。そういうバックボーンが俺と竜崎にはあるから、メアリーさんに選ばれてしまったわけか。


「すじがき通り、物語は進行中。伏線は既に張り巡らしている。前振りもきちんとした。パーツは既にできている。後はもう、組み立てるだけ」


 メアリーさんが望む『ざまぁ系ラブコメ』が、ついに集大成を迎えようとしているみたいだ。


「ワタシだけを愛すると決意したリョウマは、愚かにも他のサブヒロインを捨てた。自分の思いが成就すると信じて疑っていないうぬぼれ屋は、文化祭に告白を決意する。でも、メインヒロインはなんと、他の男の子――コウタロウを好きになってしまう。その子はただのモブキャラだけど、リョウマが大嫌いな人間だった。敗北に打ちのめされたリョウマは切り捨てられたサブヒロインたちにすがりつくも、まったく相手にされずに捨てられてしまう。しかも、実はサブヒロインたちは過去にコウタロウと縁の深い女の子たちばかり。義理の妹、幼馴染、大親友だったという三人の女の子は、時を経てまたコウタロウの魅力に気付く。彼女たちは一度裏切ったことを泣いて謝りながら、モブキャラだった少年のハーレムに加わる。こうしてコウタロウは、メインヒロインだけでなく、サブヒロインたちまで手に入れ、幸せな生活を送る。一方リョウマは、後悔に打ちのめされながら、自分がいかに恵まれていたかにようやく気付いて、過去にすがりながら一人で惨めに生きていく。人生はうまくいかず、あの時にこうしていれば良かった、ああすれば良かった、なんて悔やみながら、寂しい人生を過ごす――と、いう物語を見た後で、ワタシは清々しい気持ちを抱きながら、こう言うんだ」


 ……長いなぁ。

 しかも、しほの話と違ってまったくかわいくないので、聞いていてとにかく嫌な気分になった。


 でも、邪魔せずに大人しく聞いてやったのは、彼女がそろそろ満足しそうだったからである。


「――ざまぁみろ! ってね?」


 よし、決め台詞もバッチリだ。

 ふぅ、ようやく終わったか……もう、本当に疲れるなぁ――

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