第百六話 笑いが止まらない

 ――そうしてついに、文化祭の前日を迎えた。

 特にこの一週間は慌ただしく、忙しなかったが、みんなで協力してどうにか文化祭の準備を間に合わせた。


 おかげで明日は問題なく開演することができそうだ。


(しほとはあまり、おしゃべりできてないけどなぁ……)


 それが唯一、懸念点ではあるけれど。

 しかし、この前頭をなでたおかげか、しほはとても大人しくなった。前まではふてくされたように唇を尖らせてばかりだったが、最近の表情は穏やかである。目が合うと小さく手を振ってくるし、前よりは我慢できているみたいだ。


 おかげでトラブルなく文化祭を迎えることができそうなので、良かった。

 しほが平和でいられていることが、唯一の救いである。


 一方、竜崎陣営はどうも大荒れのようだ。

 何せ、ハーレムメンバーが解散したみたいである。ここ最近、竜崎はずっとメアリーさんにべったりだ。


 以前まではなんとか食らいついていた結月やキラリも、すっかり蚊帳の外である。前回、竜崎がしほに告白するときよりも状態は酷いだろう。


 特にキラリなんてまったく元気がなかった。

 本屋さんで俺と遭遇して以降、覇気がないと思っていたら……今度は竜崎に切り捨てられて、自分を見失っているのだろう。


 これが、自分のない少女の末路だ。

 何者にもなれずに、亡霊のように存在するだけの、抜け殻である。


 ここまでくると、悲しいを通り越して痛々しく見える。

 でも、手を差し伸べる気にはなれない。梓は妹だから親身になれたけど、彼女は他人だ。冷たいようだけど、俺には彼女の思いを背負えない。


 それに、ここで慰めたりしては……ますます、メアリーさんの思惑通りになる可能性が高くなる。


 彼女のシナリオでは『竜崎のハーレムメンバーが俺を好きになる』ということになっているらしい。どうも依存気質のあるキラリに声をかけたら、そのまま執着されそうで怖かった。


 そうなったらきっと、しほが悲しむ。

 俺が他の女の子と仲良くなんてしたら、彼女を傷つけることになる。

 それは絶対に嫌なので、キラリとはしっかりと距離を取るようにしていた。


 はぁ……このままだと、メアリーさんのプロットと一緒だ。

 序盤こそ破綻の気配があったけど、しほの気まぐれのおかげで彼女の物語は持ち直した。以降、まるで離陸した飛行機のように安定した状態を保っている。


 天候が荒れれば、あるいは体勢を崩すこともあるかもしれない。トラブルがあれば、不時着する恐れもある。でも、今のところ、何かが起きるような気配はなく、物語は進行していた。


「にひひっ。笑いが止まらないねぇ……ぜーんぶ、ワタシの思い通りだよ? ねぇ、コウタロウ? そう思わない?」


 メアリーさんはすっかり上機嫌だ。

 リムジンの中で満足そうに笑っている。足と手を組みながら、ふんぞり返るみたいに座席にもたれかかっていた。


「はいはい。そうだな、俺の予想は外れました。ごめんなさい……これで満足か? だったら、帰してほしいんだけど」


 今日もまた、強引に連れ込まれていた。

 文化祭前日ということで、学校側は下校時刻を過ぎても居残りを黙認してくれる。そのせいでなんと夜の八時まで居残りしていた。


 門限があるしほはもう帰宅している。

 すぐに一人で帰ろうと思ったのに、途中でメアリーさんに捕まってしまったのだ。


「いやぁ、明日はついにワタシの作った大作が完成するんだよ? もうテンションが上がって仕方ないんだよっ。ほら、完成間近の作品って一番作業がはかどるでしょう? あれと一緒だね」


「……俺はクリエイターじゃないから、その気持ちはわからないけどな」


「まぁまぁ、そんなにイライラしないでくれないかな? 今はただ、ワタシのおしゃべりに付き合ってくれるだけでいいよ。モブキャラ君でも、それくらいはできるでしょう?」


 相変わらず、メアリーさんは性格が悪い。会話するだけでもなんだか疲れてしまう。

 はぁ……早く帰りたいのになぁ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る