第百五話 全肯定はヒロインの嗜み


 メアリーはいつも、俺のことを褒めてくれる。


「リョウマ、いっぱいピザが食べられてすごいよ! ワタシなんて一切れ食べたらお腹いっぱいになっちゃうからね~」


 メアリーはいつも、俺のことを見てくれている。


「リョウマは炭酸が大好きだよねっ。いつもいつも、飲んでるし!」


 メアリーはいつも、俺のことを優先してくれる。


「本当は今日、夜にパーティー?みたいな会食をパパが用意してたんだけど、リョウマと一緒にいたいからサボっちゃった☆」


 メアリーは誰よりも、俺のことを愛してくれる。


「リョウマの隣にいると、とっても幸せな気持ちになるよ! にひひっ……ずっと、こんな時間が続けばいいね!」


 メアリーはいつも、俺を肯定してくれていた。


「うん、そうだな。本当に、そう思うよ……」


 夕食にピザを食べながら、メアリーと談笑を交わす。

 明るい彼女の笑顔に、何度救われたのか分からない。


 しほに振られてから、俺は笑い方が分からなくなっていた。

 中山に敗北してから、自分の存在価値が分からなくなっていた。

 でも、そんな俺を癒してくれたのが、メアリーだった。


 彼女はしほと違って、俺に好意を寄せてくれる。

 俺の前で笑ってくれる。俺の全てを、満たしてくれる。


 メアリーは客観的に見てもすごい女の子なのに、俺を好きになってくれたのだ――その気持ちが、本当にありがたかった。


 メアリーはしほと同じくらいかわいくて、しほよりも胸が大きくて、しほよりも勉強ができて、しほよりも社交性があって、しほよりも明るくて、しほよりも家柄が良くて、しほよりも完璧な女の子である。


 そんな子に肯定されて、元気にならないわけがない。

 中山に抱いていた劣等感も、徐々に薄れて行った。


 中山幸太郎は、どんな手段を使ったのか分からないが……しほを手に入れたあいつでも、きっとメアリーを惚れさせることはできない。


 俺だから、メアリーをオとせた。

 俺だから、メアリーを手に入れることができた。


 つまり俺は――何も価値がない『モブキャラ』ではなかったのだ。


「そういえば最近、ユヅキもキラリもいないねー? 忙しいのかな~?」


「……たぶん、そうなんじゃないか?」


 俺は、特別な人間だ。その証拠に、こんなに完璧な女の子であるメアリーに愛されている。

 でも、その立場にあぐらをかいていては、また前と同じようになるかもしれない――そんな不安が、心から消えない。


 だから、今回はもっと本気になることにした。


 結月も、キラリも、家に来ないように俺がお願いした。

 他にもたくさんの女の子と遊んでいたけど、それもやめた。


 他の女の子を切り捨ててでも、俺はメアリーと結ばれたい。ここで結果を出さなければ、今後一生……中山に見下されてしまう気がする。


 もう油断しない。

 誰よりもメアリーに近い立ち位置にいるこの優位性を利用して、彼女と特別な関係になってやる。


 メアリーは俺に惚れているから、きっとこれからも愛してくれるだろう。もしかしたら結婚もありえるかもしれない……そうなったらもう、勝ち組だ。


 メアリーの実家は金持ちだから、俺もその恩恵を享受できるだろう。

 中山なんかよりも、勝ち組の人生を歩める……そう考えてようやく、俺の溜飲は下がるのだ。


 このままうまくいけば、きっとそうなるだろう。

 しほに振られて、一時はどうなることかと思ったが……どうにかここまで立て直すことができた。


 順風満帆――とはいかないが、おおむね順調とはいえるだろう。

 ただ……一抹の不安はある。


(どうしてメアリーは、演劇の主役に中山を推薦したんだ?)


 それがどうしても、引っかかる。

 あれ以来、メアリーは中山のことなんて存在しないかのように振る舞っているので、気にしすぎている可能性が高いが……やっぱり、忘れることができない。


 そんな不安があるせいで、俺はすぐに告白ができなかった。

 文化祭が終わってからと決めたのは、安心したかったからである。

 演劇では中山と恋人になるが、現実ではそうじゃない。俺が――狩人が、美女を奪う。そういう結末にするために、待つことにしたのだ。


 ある意味では、中山に対する意趣返し的な気持ちも、あるのかもしれない。それくらい俺は、あいつが嫌いになっている。


「メアリー……これからもずっと、よろしくな?」


 中山なんかに、彼女を奪われたくない――その気持ちが強かったのか、思わず脈絡のないことを言ってしまう。


 しかしメアリーは、無邪気に笑ってくれるのだ。


「うんっ! もちろんだよ!!」


 その笑顔を見るたびに、心が落ち着いた。

 こんなに素敵な笑顔が、ウソなわけがない。


 だから、今度こそ……見てろよ、中山?

 俺がお前よりも上の存在であることを、証明してやる――

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