第百二話 かわいいヤンデレはただただかわいい

 ――いや、長いな。

 まるで一話丸々セリフで埋め尽くしたような。


 そんな感じで、しほは長々と俺に説教をする。しかしその内容はとてもかわいらしいもので、聞いていても反省する気になれないから不思議だった。


 どうしても頬が緩んでしまうので、真面目な顔が作れない。確かにしほの愛は少しだけ重いかもしれないけれど、その思いはいつだって『俺が好き』という思いに直結している。


 たとえば、創作に出てくるヤンデレみたいに、他人を攻撃したりしない。主人公を責めたりしない。あるいは、自分を傷つけることもしない。


 たくさん愛されて育ったからこそ、自分という存在の大切さを知っているのだろう。また、人を傷つけるという行為が罪深いことも、普通の人間以上に理解しているのかもしれない。


 ……とはいえ、少し独占欲が強いことは否定できないけれど。

 不思議とこの子のわがままは聞いてあげたくなるから、不思議だ。


 ――満たしてあげたい。

 しほになら、自分の全てを捧げたい。

 彼女が望むのなら……彼女しか存在しない世界だろうと、行くことができる。


 それくらい人に愛される魅力が、しほにはあった。

 結局、今回も長々としゃべっていたけど、要するに『もっとかまってほしい』だけだ。


 その証拠に、しほはスキンシップを要求している。

 俺に振り向いてほしくて、感情を独占したくて、自分だけを見てほしくて、特別なことを要求している。


 しかもそれがまた、とてもかわいらしい内容で。


『私の頭を、なでなでしてもらえないかしら?』


 なんてことを、言っていた。


 明らかに、甘えている。

 こんな俺に触れてほしいとお願いしている。

 そういうところが……異常なくらい、男心をくすぐるのだ。


 かつて、竜崎を狂わせたしほの魅力は、どんどんと増しているような気がする。警戒心が強くて、他人に対して口を利くこともできないくらいに人見知りなのに、俺にだけはこんなにも心を許している。


 嬉しくない、わけがない。

 しほだけだ。俺が生きているだけで、息をしているだけで、そばにいてあげるだけで、こんなに喜んでくれる人間は、この子しかいない。


 俺には、その思いに報いるだけのことが、まだまだできていないけれど。

 せめて、できることはしてあげたかった。


 だから俺は、彼女の要求通り――その頭に触れた。


 ベッドの上で、差し出されるように前かがみになったしほの頭に手を置いた。肌触りの良い髪の毛は、いつまでも触っていたくなるようなくらいに、気持ち良い。彼女の頭は少し温かくて、まるでゆたんぽみたいでもあった。少しずつ寒くなってきたので、その温もりにいつまでも浸っていたくなってしまう。


「……んっ」


 一方、しほはまだ満足していないようだった。

 触れているだけでは物足りないと言わんばかりに、頭をぐりぐりと押し付けてくる。要求されるままに今度は左右に動かしてあげた。


 髪の毛がくしゃくしゃになっているけど、しほはまったく気にしていない。撫でられて、とても気持ちよさそうに目を細めていた。


 まるで、飼い主に甘える子猫みたいに。

 とても気持ちよさそうに、幸せそうな表情で微笑んでいた。


「えへへ~」


 ――この笑顔を見ることができる人間は、いったいどれだけいるのだろう?

 この子の両親と、それからあとは……たぶん、俺だけだと思う。


 それがまた、とても嬉しかった。

 こんなに愛してくれているのに。

 俺はまだまだ、彼女の思いに答えてあげることができていない。

 それはやっぱり、申し訳ないことだろう。


「しほ、ごめんな。最近、かまってあげられなくて……」


 無意識に、謝罪の言葉を口にしていた。

 こんなセリフ、前までの俺なら言えなかっただろう。


 かまってあげられなくて――なんて、何様なのだろうか?

 俺程度の人間がおこがましいだろ、と思っていたはずである。


 だけどもう、そんなことは思わない。

 だってしほが、こんなに好きでいてくれているのだ。


 だから、もっともっと自分に自信を持たないといけない。

 しほに気後れしないくらい……堂々と愛せるくらいに、自分という存在を愛さなければならない。


 彼女の思いに応えられるようになりたい。

 だから俺も、がんばらないと――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る