第九十七話 依存
中学時代の俺を彼女はたった一言で表現した。
「こーくん、何考えてるか分かんなかったなぁ」
「……そんなにか?」
「うん。なんか、ロボットみたいな? 話しかけたら答えてくれるけど、何もしなければずっと動かないみたいな?」
……ロボットみたい――か。
そういえば前に、梓からも似たようなことを言われた気がする。
あれは確か、まだ竜崎に俺としほの関係性がバレていなかった時だ。
梓に『俺達の関係性を内緒にしてほしい』とお願いした時、こう言われた。
『おにーちゃんが感情的になってるところなんて、初めて見たよ……びっくりした。おにーちゃんも、ちゃんと人間だったんだね』
あの時まで、梓も俺のことを人間的ではないと思っていたらしい。
そして、キラリも俺に似たような感想を抱いていたようだ。。
「アタシはそこそこ仲が良かったつもりだけどね? でも、高校生になったら、他人みたいに無視してさ……こーくんにとってアタシは、そんなに大したことない関係性の人間なのかなって思ってた」
「そうなのか……」
なるほど。確かに言われてみると、納得できる。
しほと出会うまでの俺は、主体性のない人間だった。まさしくロボットみたいに、自発的に動けなかった。
話しかけることはおろか、感情を見せることもほとんどなかった気がする。
正確には『感情がなかった』と言った方が正しいかもしれないけど。
「それが、最近はとっても活き活きしてるっていうか……すごく、分かりやすくなった。さっきアタシに会った時なんて、嫌そうな顔してたじゃん?」
なんだ、気付いてたのか。
俺があまり話したくなさそうにしていたことも、キラリは分かっていたみたいである。しかしそれでも、俺に話しかけたかったらしい。
「宿泊学習の時からずっと感じてたけど、こーくんってすごく変わったよ。だから、あたしと同じだね……恋をして、人間が変わった。そうでしょ? 霜月しほのために、変わったんでしょ?」
「…………」
その言葉に、否定はできなかった。
黙々とショッピングモールを歩きながら、彼女の言葉を考えてみる。
もしかしたら俺は、キラリと同じかもしれない。
俺だって、しほのために自分を変えたのだから。
「不愛想で、無口で、無感動だったこーくんが……こんなに素敵な人間になるなんて、知らなかった」
――どうして今、それを言うんだ。
そんな、何かを匂わせるような発言をして、今更何が言いたいんだ。
「アタシでは変えてあげられなかったから、悔しいね。改めて、霜月しほがすごいと思う……りゅーくんも、こーくんも、みーんなあの子のトリコだもん」
そう言って、彼女は不意に俺の腕を掴んだ。
逃げようとする俺を捕まえるように、強く……痛いほどの力で、握りしめている。
「アタシじゃ、ダメだったの?」
……あるいはその言葉は、俺にだけ言ったわけではないかもしれない。
まるで、竜崎にも言っているように、彼女は感情を吐き出した。
「そんなにアタシと霜月しほは、違うの?」
その問いに、なんて答えるのが正解だったのか。
「アタシでは、代替品にもならないわけ? ねぇ、こーくん……アタシは別に、一番じゃなくても良かった。愛されるのなら、アタシはいくらでも自分を変えられる。アタシを愛せないなら、霜月しほっぽくなる努力をする。なのに、なんで……りゅーくんもこーくんも、振り向いてくれなかったの?」
その慟哭に、思わず感情があふれ出した。
キラリの手を振り払って、彼女を睨む。
こんなにも自分を否定するキラリが、すごく嫌だった。
まるで、かつての俺を見ているみたいで……酷く、不快だった。
「そういうところだよ」
どうして分からないんだろう?
キラリはなんで、いつもいつも偏った視点でしか物事を考えられないのだろう?
「媚びるなよ……なぁ、キラリはいったい、何がしたいんだ? 愛されるだけが君の全てか? 今のキラリを見ていると、本当に悲しくなるよ……確かに俺も君も、変わった。でも、キラリの変わり方は、おかしいんだよ。成長だけが、変化じゃない……退化もまた、変化なんだ」
キラリには申し訳ないけれど。
これだけは、ハッキリと言える。
「前の方が、キラリはかっこよかった。今の君はただただ寵愛をほしがるだけで、自分では手に入れようとしないただの怠け者だ……俺が好きだった君は、いったいどこにいるんだ?」
悲しい。
ただただ、媚びることしかできなくなった元親友の姿を、見ていられない。
俺とキラリが同じ?
いや、違う。俺の変化は『成長』だが、キラリの変化は『退化』だ。
一緒になんてしてほしくない。
「竜崎に振り向いてもらえないからって、今度は俺に依存したいのか?」
残念だけど、俺は君の保護者じゃない。血縁でもなければ、家族でもない。もちろん俺は、無条件で人を愛せるような聖人でもない。
たとえばキラリが家族なら……仮に、俺の妹だったとするならば。
そういう部分も、愛せただろう。どんなに酷いことをされても、言われても、しっかりとけじめをつけて、受け入れただろう。
だけど、キラリは、他人だ。
君の人生を背負えるほど、俺の背中は広くないから。
「ごめん。俺はもう、中学生の時とは違うんだ……求められても、与えることはできないよ」
だって俺には、自分の全てを捧げたいと思える人がいる。
その子を裏切ってまで、キラリを救うことはできないから。
「頼むから、これ以上……幻滅させないでくれ」
ただただ、そういうのが精一杯だった。
「…………」
その言葉に、キラリは何を思ったのだろう?
無言で俺を見つめるキラリは、何を考えているのかよく分からなかった。
まるでかつての、俺みたいに――
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