第九十八話 踊るコマ

 ショッピングモールを出て、外の空気を吸い込むと……なんだかイヤな味がした。生臭いそれは、血の味だった。


 どうやら、無意識に唇を噛みきっていたらしい。

 それだけ、キラリに対する怒りが強かったということか。


「はぁ……」


 心に泥が溜まっているような。

 へどろを踏んだ時みたいな気持ち悪さを全身に感じて、ふと足を止める。


 なんとなく振り返ったけど、もうそこにキラリの姿はない。

 あんなに俺に好き勝手言われたのに、結局何一つ反論してくれなかった。


 中学時代のキラリなら、もっとハッキリと言ってくれたはずなのに。

 ……あそこまで一方的だと、余計に嫌な気持ちになってしまう。


 別に、傷つけたかったわけじゃない。

 元親友だけど、今では他人だ。お互いに別の人生を歩めれば、それでよかった。


 だけど、キラリが変に介入してこようとしたから、思わず言ってしまった。

 そのことを、すごく後悔している。


 もっと別の選択はなかったのだろうか。

 お茶を濁して、場をやり過ごせば、あるいは穏便に済ませることもできたのではないか――と、後悔が頭の中をぐるぐると回っている。


 そんな時に、今度は彼女の顔を見てしまったから、もう気分は最悪だった。


「にひひっ。ご機嫌そうで何よりだよ」


「斜めに歪んでるけどな」


 金髪碧眼の女の子が、そこにはいた。

 キラリのようなまがい物ではない。

 本物の、洋風の美女である。


「どうしてここにいる? ストーカーでもしてたのか?」


 メアリーさんはまるで待ち構えていたかのように、街灯にもたれかかってこちらを見ていた。


「うん。だって、今日はキラリが単独行動をしてたでしょ? ワタシがリョウマの気持ちを独占したから、寂しそうだったでしょ? そういう時って、弱みが出やすいんだよねぇ……たとえば、元親友と復縁しようとしたりするかも――って、思ってたから」


 ……なるほど。

 どうやら俺もキラリも、メアリーさんの掌で踊っていたらしい。


「軽いコマはよく回る。くるくるくるくる、気持ち良いくらいに……ね? でも、軽いから長続きはしない。すぐに力尽きて、倒れちゃう。そしてワタシに握りつぶされちゃう」


 ギュッと、メアリーさんは手を握る。

 まるで、俺とキラリを握りつぶすかのように。


「ほら? ワタシのシナリオ通りだよ? サブヒロインも、主人公も、その敵役も、いい感じにこじれてきた」


 得意げな顔で語るメアリーさんは、まさしくクリエイターらしい顔つきをしていた。作品のことになると途端に饒舌になるのは、クリエイターの性なのだろう。


「キラリはもう、ワタシの思い通りになっちゃうねぇ? リョウマにそっぽを向かれて、すがりつく相手がコウタロウしかいなくなった。アナタは意地を張れるほど自分を保てる人間ではないから、結局は彼女を受け入れちゃうだろうね? にひひっ、そうなった時、コウタロウはどうするんだろう?」


 ……悔しいが、メアリーさんは俺をしっかりと見抜いている。

 自分に自信を持てないせいで、主体性の弱い俺は……はたして、キラリを拒絶し続けることができるのだろうか。


「何が『思い通りにいくと思うなよ?』なの? 結局、ワタシの思いのまま、物語は進んでるよ?」


 勝ち誇ったような顔で俺を嘲笑うメアリーさん。

 その言葉に対して、俺は何も言えなかった。


(くそっ)


 心の中で毒づく。

 結局、竜崎もキラリも、俺が思ったほど大したキャラクターではなかったのだろうか。


 メアリーさん程度にいいようにされて、このまま物語は進行するのだろうか――

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