第九十六話 変わったのはアタシだけじゃないよ

 本屋さんで、偶然キラリと出会った。

 久しぶりに声をかけられて、思わず過去のことを思い出してしまったが、今はもう友達ですらなくなっている。


「また明日な」


 別に、このまま二人でいても話すことなんてない。

 なので、絵本を買うためにレジに並んだのだが。


「えー? もうお別れなんて早くない? お友達なのに、寂しいこと言わないでよ~」


 彼女はなれなれしく肩を組んできた。

 ……驚いた。キラリの中で、俺はまだ『友人』というカテゴリーに入っているらしい。


「…………寂しいのか?」


 入学式以来、一度として会話をかわさなかったけど、あまり気にしていなかったくせに。


「あたりまえじゃん? だって、中学からの付き合いでしょ~」


 しかしキラリは悪意のない笑顔を浮かべる。

 彼女は本当に、俺のことを友人と思っているようだ。


(本当に、俺のことはなんとも思っていないんだろうなぁ)


 たぶん、キラリは俺の感情を予想できないのだと思う。

 昔から自分一人だけで生きてきた人間なので、もともと他人に対する共感が薄いタイプだとは思っていたけど……ここまでだったか。


 やっぱりキラリにとって、俺は友達でも何でもないのだろう。

 中学時代、たまたま都合のいい話し相手として利用されていただけなのだ。


「まぁ、そうか。中学からの付き合いか」


 ただ、こちらも今更怒るほどキラリに対しての感情がない。

 頑なになって拒むほど嫌という感情すら湧かないので、軽く会話してあしらおうと思った。


「そうじゃーん♪ 懐かしいなぁ……中学時代は結構話してたんじゃない? ほら、ラノベとか読んでさぁ~。今考えると、ちょー恥ずいことしてたしっ」


「……別に、恥ずかしいことではないと思うけどな。もう読んでないのか?」


「当たり前じゃんっ。ギャルになったんだから、ラノベなんてありえなくない? ってか、本もぜんぜん読まないし~?」


「じゃあなんで本屋さんにいるんだ?」


 そう問いかけると同時、キラリは不意に笑顔を消した。


「……なんで、だろうね」


 たぶん、何かあったのだろう。まぁ、聞くほど興味はないので、まずはお会計を済ませておこう。


 ちょうど順番がきたので、絵本を購入する。

 そしてそのまま本屋さんを出たら、キラリが後ろからついてきた。


「……あ、『美女と野獣』じゃん。そっか、そういえばこーくんって主役になってたっけ。だから勉強? ふーん、偉いじゃん?」


「別に普通だよ。そういうキラリは、何も買わないのか? 俺はこのまま帰るけど」


 少し、しつこい。

 いいかげん解放してほしいのだが、キラリはなおも俺についてくる。


「買わない。んー……ごめん、ウソ。本当は、買うつもりだった。今日さ、りゅーくんがメアリーに夢中であんまり構ってくれなかったから……むしゃくしゃして、昔のことをも思い出してた。それで、久しぶりにラノベでも読もうかと思ったけど、こーくんがいたから気が変わった」


 ……別に、聞いてないのに。

 でも、説明してくれたから、だいたいの事情は分かった。


 メアリーさんのプロット通り、キラリは着々と立場を追いやられているようだ。きっと竜崎の寵愛を受けられなくなって、寂しくなったのだろう。


 だから今度は、過去にすがろうとしている。

 中学生の時みたいに、一人でも大丈夫だと自分に言い訳しようとしている。


 でも、もうキラリはあの時の『キラリ』ではないから。

 一人でいても、大丈夫じゃなくなっているのだ。


 だから今度は俺にすがろうとしている。

 竜崎が埋めてくれない寂しさを、俺で満たそうとしている。


 その姿を見ていると、やっぱり悲しくなった。

 中学生の時は、一人で毅然としている姿がかっこよかったのになぁ。


「そうか……小説、あんなに好きだったのに、もう読まないのか。キラリは……随分、変わったな」


 変わったのは、趣味や嗜好だけじゃないけれど。

 それを伝えたいと思うほど彼女に対する特別な思いがないので、あえてぼかしておいた。


 そうすると、キラリは再び笑った。

 まるで、中学生の時のように……俺を利用して、おしゃべりを楽しんでいた。


「にゃははっ。まぁ、変わったの自覚はあるけど……それを言うなら、こーくんも結構変わってるじゃん?」


「……俺が?」


 その言葉に、首を傾げてしまう。

 キラリは俺の変化を語れるほど、俺のことを知っているのだろうか。


 それがすごく気になった。

 はたして、キラリから見た俺はどんな人間だったのか――

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