第九十五話 『元』親友

 ――中学校の時、彼女には友人と呼べる存在がいなかった。

 いつも自分の殻に閉じこもっていて、他人という存在を拒絶していた。


 彼女は『一人』の世界が好きだったのである。


 学校でも、小説やライトノベルばかり読んでいて、誰とも話そうとしなかった。


 だけど、とある日……国語の授業で『パートナーのオススメする本を読む』という課題で、俺はたまたまキラリとパートナーになった。


 それが、友人になったきっかけだった。


『これ、面白いよ? 君みたいな地味な男の子が、たくさんの女の子にモテまくる作品だから』


『これも読んでみる? またまた地味な男の子が、異世界に行って大活躍するお話だよ?』


『あれも読んでみてよっ。地味な男の子と地味な女の子が、とにかくイチャイチャするラブコメだからっ』


 別に彼女は、友人が欲しかったわけではないと思う。

 ただ、自分が好きな作品を語りたかっただけなのかもしれない。


 当時から俺は主体性がなく、言われたことをやるだけの人間だったけど、それがまた彼女にとっては都合が良かったみたいだ。色々な作品を読まされて、学び、理解した。キラリの考察や感想に耳を傾け、相槌を打ち、時には議論を交わすこともあった。


 おかげで俺は、物語の構造について詳しくなった。その影響か、現実世界もそういうイメージで捉えるようになってしまっている。


 俺がこんな『地の文』みたいな思考になってしまったのは、キラリの影響が大きいのだ。

 中学時代の彼女は、それくらい俺にとって『特別』な存在だった。


 かつて、彼女は俺にこう言ってくれた。

 忘れもしない。中学三年生の冬……卒業式の時だ。


「こーくん、仲良くしてくれてありがとっ。あたし、あなたのおかげで人と話すのも悪くないと思うようになったよ? こーくんは、あたしの一番のお友達で、親友かもしれないねっ」


 ――嬉しかった。

 友人どころか、親友と思ってくれていたことに、柄にもなくはしゃいでしまった。


 恐らくあの時の感情は、限りなく『恋』に近い好意だったようにも思える。


 俺は、彼女の話し方が好きだった。

 特徴はないけど、穏やかで静かな声はいつまでも聞いていられた。


 俺は、彼女の髪形も好きだった。

 黒い髪の毛をお団子みたいに結わえていて、遠くからでもシルエットだけで彼女だと分かるから、ありがたかった。


 俺は、彼女の眼鏡も好きだった。

 少しサイズが大きかったのか、すぐにメガネの位置がずれるので、彼女はよくメガネの位置をくいくいっと調整していた。その仕草がとても愛らしかったことを、よく覚えている。


 俺は、彼女の性格も好きだった。

 群れることに拘らず、一人でも堂々としていて、他人に媚びない在り方がとてもかっこよかった。


 俺は、彼女が趣味を楽しむ姿も、好きだった。

 文章を読んでいる時のキラリは、普段よりもとても感情豊かだった。一文を読むごとに、一喜一憂を表情に出していて、全て読み終えた後なんて号泣していたり、大笑いしていた。


 もちろん周囲の人間は不思議そうに彼女を見ていたけど、そんなことお構いなしに、キラリは『自分』を貫いていた。


 キラリというキラキラネームに反した清楚な雰囲気も、ギャップがあって好ましかった。





 だけどもう、俺が好きだった彼女はいない。





 高校の入学式に、竜崎龍馬と出会って……彼女は、自らを殺した。


『こーくん、ごめんね? あたし、好きになった人がいるの。彼に好かれるためなら、なんでもやるよ……今までのあたしを殺してでも、あたしはあの人の好きな人になりたいからっ』


 恐らく、キラリは初めて他人を求めたのだと思う。

 思い返すと、俺は別に彼女に求められた存在ではなかった。

 ただ、偶然話すようになっただけで、別に好きとか嫌いとか、そういう感情もなかったのだと、この時に察したのだ。


 そうしてキラリは自らを変えた。


 竜崎の『派手な髪色の女子が好み』という発言を真に受けて、綺麗な黒髪を金色に染めた。髪色に合わせて口調も変えて、性格も捻じ曲げて、ただただ竜崎が好ましく思うような女の子へと自分を変化させた。


 そのせいで、俺が好きだった『浅倉キラリ』は死んでしまったのである。


(キラリ……本当にそれで、良かったのか?)


 仮に、今のキラリを竜崎が好きになってくれたとしても。

 それは本当に、キラリが愛されているということになるのだろうか。


 ここまで自分を変えてしまうのなら……別に、キラリじゃなくても一緒じゃないか? キラリがキラリじゃなくなったら、いったい君は……誰なんだ?


 ……そう思ってしまう。

 自分を見失ったキラリを見ていると、なんだかとても悲しくなる。


 たとえば、このまま竜崎に愛されずにその恋が終わった後……キラリはいったい、誰になるのだろう?


 その答えは、もしかしたら彼女にも分からないのかもしれない――



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