第九十四話 浅倉キラリ

 公園でしほと手をつないだ後のこと。


 今日は疲れたからおうちで寝るということで、しほは珍しく俺の家に来ないことになった。せっかくのタイミングだったので、俺はスマートフォンを契約しようと思い立ち、専門店がある近くのショッピングモールに来ていた。


 とはいえ、保護者がいないので契約はできないと思うのだが、あらかじめ店員さんに話を聞いておこうと思ったのである。


 俺と梓の保護者はとても忙しい人だ。お願いしたら立ち会ってくれると思うのだが、長い時間を拘束することはできない。だから、なるべく少ない時間で契約できるように、事前準備をしておきかったのである。


「……なるほど。分からん」


 しかし分からない。いや、契約内容はなんとなく分かるのだが、どの機種がいいのかが本当に分からなかった。


 結局、店員さんから説明をひととおり聞いただけで、何も意味もない時間を過ごしてしまった。


 一人で来るべきではなかったのかもしれない。

 今度はしほか梓にお願いして、来てもらった方がいいだろうか? あの二人はよくスマホでポチポチしてるし、たぶん詳しいはず。


 そういうわけで、すぐに帰ろうと思ったのだが……ふと、自分が主役をやることを思い出して、足が止まった。


(一応、物語くらい知っておくべきか?)


 幼い頃に映画を見たのでなんとなく内容は分かる。でも、そういえばあの物語を文字で見たことがない。

 一応は主役をやることになっているので、物語の細部くらい把握しなければならないだろう。


 思い立って、早速本屋さんに向かった。

 こういう時、色々なお店が並んでいるショッピングモールは便利だ。色々な用事を同時に済ませることができる……あ、そういえば梓が『何か甘い食べ物を買ってきて』と言っていたことも思い出した。後でドーナツでも買おうかな。


 と、頭の中で色々と考えながら、本を探す。

 美女と野獣は有名な物語だけど、あったのは子供向けにアレンジされた絵本ばかりだった。


 仕方ないけど、まぁいいや。ないよりはあったほうがいいだろうし……あと、絵本の方がしほも理解できるかもしれない。


 と、絵本を手に取ってレジに向かっている、その最中だった。


「「…………あ」」


 バッタリと、見知った顔に遭遇した。

 その遭遇は、ある意味ではご都合主義だったのかもしれない。


 今まで、俺との関わりがなかったせいで存在感の薄かった彼女は、しかし今回の物語において重要な立ち位置にいる。


 だからこのあたりで、改めて彼女というキャラクターを深堀りすることで、今後の展開で使いやすくすることができるのだ。


「珍しいね、こーくんじゃん」


 気さくに話しかけられて、少し驚いた。

 かつて友人だった彼女は、まるで今でも友人であるかのように、態度が柔らかい。


 でも俺には、もうかつてのように話しかけることはできなくて。


「あ、うん……久しぶりだな、キラリ」


 ――およそ、何カ月ぶりの会話なのだろう?

 もしかしたら入学式以来の会話に、ぎこちなさを覚えるのも仕方ないと思う。


 そんな俺に、キラリはやっぱり笑っていた。


「はぁ? 毎日学校で会ってるしっ。何それ、ボケてるわけ? にゃははっ」


 キラリは、染めた金髪と碧色のカラーコンタクトが似合っている、ギャルっぽい少女である。制服もゆるめに着崩していて、胸元が少し見えるのが気になった。


 そんな彼女を見ていると、どうしても過去の姿を思い出してしまう。

 中学生の時までは、黒髪だった。しかもお団子みたいに頭の上で結んでいて、眼鏡もかけていた。制服もきちんと着ている、清楚な子だったのに……今ではもう、その面影はない。


 目の前にいたのは、かつて俺が親友だと思っていた女の子だけど。

 でも、俺にはどうしても、過去の彼女と現在の彼女が、同じ人物だとは思えなかった――

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