第九十二話 ゴリ押し主人公

 ――しほもまた、少しずつ成長している。

 以前の彼女なら、みんなの前で意思表示するなんて、できなかった。


 多数決で手を挙げることさえ、しほにとってはたいへんな作業である。

 だけど、今回は勇気を出した。


 俺のために、注目を浴びることになっても……それに耐えて、気丈に手を挙げ続けた。


 そんな健気な少女のがんばりを、クラスメイト達はどう思うだろうか。

 きっと、こう思っているはずだ。


『応援したくなる!』


 人間、得手不得手がある。誰にだって苦手なジャンルがある。それに向き合うのは大変なことで、とても強い意志が必要だ。


 どんな性格だろうと、がんばっている人間は無条件に応援したくなるのが、人間の性質だと思う。

 ましてや、しほはメインヒロインだ。みんなが応援しないわけがない。


 だから、次々と手が上がっていった。

 恐らくそれは、どちらでも良かった中立派の票もあるだろう。みんなが手を挙げたから挙げる、なんて同調圧力に屈した人もいたかもしれない。


 でも、そのきっかけを作ったのは、まぎれもなく『しほ』だった。


「――っ!」


 竜崎が悔しそうな顔をしている。俺を睨んでいるけど、しかし何も言えないのは、しほの起こしたアクションだからだろう。


 俺は何もやっていない。ただ、彼女ががんばってくれただけだ。

 ただ、それがまた竜崎にとって不快だったのかもしれない。だってあいつは、しほに選ばれたくても、選ばれなかった人間なのだから。


「…………」


 一方、メアリーさんも複雑そうな表情を浮かべていた。

 彼女は頭がいいので、本来の流れであれば失敗していたことを悟っていたと思う。だからこそ、盤上を覆すメインヒロインの一手の重さを、痛感しているはずだ。


 流れを変えることはできても、流れを作ることはできない。


 それが、サブヒロインの限界だろう。


(今回はいいように流れて良かったな、メアリーさん……でも、次もそうとは限らないぞ?)


 俺としては、彼女のプロットが破綻してほしかったけれど。

 こうなっては、仕方ない。だって、しほは俺が主役を演じることをご所望なのだ。


 だったら、断れるわけがない。


「分かりました。数える必要もないでしょう……中山さん、野獣役をお願いします」


 そして、教室で唯一中立の仁王さんが、淡々と進行を進める。

 審判役の彼女は事実しか言葉にしない。だけどそれは、竜崎に対する無慈悲な宣告にもなるわけで。


「竜崎さんには、イケメンの狩人役をお願いします」


「……くそっ」


 結局、メアリーさんの思惑通りの配役になってしまったみたいだ。


 本来であれば、俺なんて主役になるはずじゃなかったのに。


(ゴリ押しだよなぁ……)


 こんなの、力技である。

 メアリーさんがあの手この手で策を考じても無理そうだったのに、しほの影響力はやっぱりすごい。


 そして、改めて感じるのは……そんな子が俺のために勇気を出してくれて、嬉しいと言うことだ。


 こんなに魅力的な少女が、献身的に支えようとしてくれている。

 それが嬉しくない男なんて、いるわけがない。


(まぁ、自信はないんだけど……)


 正直、主役なんてできる自信がない。

 虚構の物語だからまだマシなのだが、だからと言って立派に演じられるとは思えなかった。


 でも、がんばろう。

 しほががんばってくれたのだから……今度は俺の番である――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る