第九十一話 メインヒロインの存在感

「……どなたか、野獣役などやりたい人はいますか? 希望者がいたら手を挙げてほしいのですが」


 委員長の仁王さんがそう問いかけても、他のクラスメイトは誰も手を挙げない。やっぱり舞台に上がるのに抵抗があるのだろう。


 本来の流れであれば、ここは主人公様が『やれやれ、別にやりたくなかったけど、仕方なくやるぜ』みたいな流れになると思うのだが、メアリーさんが茶々を入れたせいでそうならなかった。


「リョウマが主人公をやってくれるなら、ワタシはそっちでもいいけどっ! でも、イケメンの狩人役をコウタロウがやるのはおかしいよー? だってコウタロウはイケメンじゃないからね! だったら、イケメンのリョウマがいいと思う!」


「……そう言ってくれるのは、嬉しいんだけどさぁ」


 メアリーさんはそれっぽいことを言ってヒロインの立場を崩さないようにしているけど、俺を主役にしようとしている魂胆が見え見えだった。


「でも、あいつが主役は似合わねぇよ」


 竜崎が渋い顔をしている。それも無理はない……今回ばかりは竜崎の言葉が正しいと思う。

 だって、俺に主役は似合わないのだ……さぁ、メアリーさんはどうするんだ?


 彼女の思い描くシナリオでは、俺を主人公にしなければならないはずだ。

 だけど、竜崎も含めて、クラスメイト達はそれを拒んでいる。主役にするにはどうしてもインパクトが弱いのだ。


「あらら……はぁ」


 場の空気が湿気ていることにメアリーさんも気付いているようだ。

 失敗だったかな?と言わんばかりに、ため息をついている。


 ……やっぱり彼女には、少し足りないなぁ。

 物語を変えられるほどの力を、俺はメアリーさんからは感じない。

 所詮は、テコ入れのサブヒロインだ。ここで俺を主役にできないのであれば、それはもう彼女のプロットに綻びがあったということだ。


 だとしたら、今後の展開も懸念するほどの事件は起きないはず。

 結局、この程度だったか。メアリーさん、残念だけど君の物語は、序章も迎えられずに終わるみたいだ。


「ふむ、私としては別に誰がやってもいいのですが……他にやりたい人もいないみたいですから、多数決をとってもいいですか? もし、推薦された二人が嫌でなければ、ですが」


 ……本当は舞台になんて上がりたくないけど。

 しかし、メアリーさんには抵抗しないと決めているので、俺は頷くことしかできなかった。


「うん、大丈夫」


「ちっ……断れよ。じゃあ、俺が主役をやってもいいぞ」


 俺を敵視している竜崎も、否定せずに推薦を受け入れた。


「総意が知りたいです。どちらが主役をした方がいいと思いますか? 挙手を、お願いします」


 今度は黒板に俺と竜崎の名が書かれた。

 まぁ、客観的に見て竜崎一択だろう。俺には票が入らないだろうなぁ……と、達観してぼんやりその光景を見ていた。


「それでは、まず……中山さんがいいと思う人?」


 その問いに、しかし誰も応える者はいない。

 みんな周囲を窺っているが、誰一人として手を挙げようとする者はいなかった。


「むぅ……」


 メアリーさんも不本意そうに眉をひそめた。この空気で彼女が手を挙げても、追従する者はいないだろう。それが、サブヒロインの限界だ。


「くくっ……だっせぇな」


 竜崎も俺を鼻で笑っている。勝ち誇った顔が不快だが、いちいち腹を立てても仕方ないので、目線をそらして無視しておいた。


 まぁ、俺なんて所詮こんなものだ――と、思っていたのだが。


「……はい」


 小さくて、臆病だけど、しかしよく響く綺麗な声が教室に響いた。





「「「――――え?」」」





 みんなは、その声を聞いて唖然とする。

 もちろん視線を集めた彼女は緊張したように表情を強張らせていたけど……しかし、退かなかった。


「はいっ」


 今度は、勇気を振り絞るように手を挙げる。

 教室が静まり返っていたおかげで、彼女の声は鮮明に聞こえた。


(……いや、ここで勇気が出るのかよっ)


 もちろん、手を挙げたのは――我らがメインヒロインである。


「うぅ……」


 しほが、俺に票を入れていた。

 さっきは『三匹の子豚』がいいと言っていたくせに、勇気が出せなくて手を挙げられなかった。でも今は、俺を応援するために手を挙げている。


 俺のためにがんばってくれるのは嬉しいんだけど……まさかの応援に、思わず苦笑してしまった。


(きっと何も考えてないんだろうけど……でも、ちょっとタイミングが悪いかなぁ)


 しほが意思表示したのは、流れとして少しまずい。

 だって、彼女はメインヒロインだ。


 メアリーさんと違って、存在していることに価値があるような少女なのである。そんな彼女の持つ影響力は、メアリーさんの比じゃなかった。


「「「――はい」」」


 何名かが、しほに追従するみたいに手を挙げる。

 そしてそれは連鎖を生んで、クラスメイト達は次々に手を挙げ始めたのだ。


(メアリーさん、良かったな……君はどうやら、幸運だったらしい)


 てっきり、物語は序章で破綻すると思っていたけど。


 メインヒロインの鶴の一声で、物語はなんとか立て直したみたいである――




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