第九十話 シナリオ通り進行中
一年二組は文化祭で『美女と野獣』をやることになった。
「こ、子豚さんが見たかったけど、緊張して手が挙げられなかった……! うぅ、泣きべそをかく子豚さん、見たかったのになぁ」
「いや、あれをやりたがってたのはしほだけだったから、どっちみちできなかったよ」
人見知りは少しずつ改善されているとはいえ、それでもやっぱり俺がいないと、彼女は無口になる。
いつか、人前でも堂々と振る舞えるようになったらいいなぁと、心の中でエールを送っておいた。
しほ、がんばれっ。君ならできるよ――って、これではまるで親みたいである。
……まぁ、それはさておき。
「それでは、配役についてなのですが……時間的に決定できるのは、主役と脚本担当くらいでしょうか。まずは一番時間のかかる脚本の担当者を決めましょう。誰か、希望者はいますか?」
仁王さんの問いかけに、しかし手は誰も上がらない。俺の予想としてはメアリーさんがやりそうだと思っていたのだが、彼女は脚本に興味はないらしい。
あくまで現実世界で遊びたいらしく、虚構の世界に興味はないようだ。
「誰もいませんか? いないのであれば……私がやりましょうか。たぶん、書けると思うので」
「おー、すごいっ」
まさかの言葉に、クラスメイトの誰かが感嘆の声を漏らす。
やっぱり仁王さんは物語が好きみたいだ。もちろん、メアリーさんみたいな歪んだ意味ではなく、純粋な意味である。
「た、大した脚本になるとは思いませんが、やれるだけのことはやってみます。一応、大学も文芸学部を志望しているので、いい実績にもなりそうですから」
冷静な口調だけど、顔が赤いので建前だというのがバレバレだった。
「では、メインヒロインとなる美女役と、あとは野獣役と……それから、美女に言い寄るイケメンの狩人役を決めたいですね」
その言葉と同時に、メアリーさんが元気よく手を上げた。
待ってましたと言わんばかりの勢いだった。
「はいはーい! ワタシ、美女がやりたいっ。だって、美女だから!」
その明るい発言に、みんなが笑う。きっと、彼らの目には陽気な美女の姿が映っているのだろう……裏の顔を見ている俺には、それが計算高い演技だと分かるので、不気味でしかないのだが。
「美女、ですか……他にやりたい人はいますか?」
ただ、即決とはいかなかった。
仁王さんは、どこか意味ありげな視線を、こちらの方に向けている。
いや、正確には俺にではなく、その隣にいるしほを見ていた。
「…………わかめっ」
当の本人は視線に気づかず、何やら意味不明なことを呟いているけど。
まぁ、仁王さんの言いたいことは分かる
だって、このクラスで美女と言えば、真っ先に名前が挙がるのは『霜月しほ』だ。メアリーさんも美女ではあるが……誰とも仲良くしていない、という点でしほには『高嶺の花』というイメージがついている。
なので、美女役に最もふさわしいのは彼女なのだが……しかし、それが無理なのは、クラスメイト達も分かっているだろう。
宿泊学習の時、舞台でしほが泣いている姿を、みんなは見ていたはずだ
だから、演劇の役者が無理なのは、理解しているだろう。
「いませんね? それではメアリーさん、美女役をお願いします」
すぐにメインヒロインは決定した。
残る配役は、あと二つ。野獣役とイケメン狩人役なのだが……順当に考えると、野獣役は竜崎になりそうだなぁ。
主人公様なのだから、当然のように演劇でも主人公をやるに決まっている。
――と、思っていたのに。
「はいはいはーい! ワタシ、推薦してもいいかなっ?」
不穏な手が上がる。
その手はもちろん、メアリーさんのものだった。
「野獣役には……コウタロウを推薦するよっ!」
……マジか。
まさかの発言に、クラスがどよめいた。
「コウタロウって……中山のことか!?」「え、さすがにそれは……」「なんか、違くない?」
みんな困惑している。いや、気持ちはわかる。というかみんなより俺の方が困惑しているだろう。
「はぁ!? メアリー、なんで……あいつなんだよっ」
いや、訂正しよう。
一番戸惑っていたのは、俺じゃなくて竜崎だった。
お気に入りのヒロインが、大嫌いな男の名を口にしたのだ。心中、穏やかではいられないだろう。
「だって、リョウマはこういうの嫌いでしょっ? あ、もしかして演劇やりたかったの!? だったらリョウマが主人公がいいよっ!」
「や、やりたいわけじゃないけどっ……よりにもよって、あいつを推薦するのが、意味分かんねぇ」
まったくもって、その通りだ。
竜崎の発言はごもっともである。だが、その言葉に対して……メアリーさんは、不気味な笑顔を浮かべる。
演技することも忘れて、彼女はこう言ったのだ。
「だって……その方が『面白い』よ?」
――ああ、そうか。
やっぱりこれは、メアリーさんの描くシナリオだった。
文化祭で演劇をやる。
そして主人公を俺にして、悪役を竜崎にしようとしている。
まるで、後々の関係性を匂わせる『伏線』を張るように――
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