第八十九話 ネトリネトラレおとぎ話

 俺やしほが所属する一年二組は、文化祭で『演劇』をやることになった。


「演劇はいいね~♪ まだ時間あるし、演目と主役と脚本は決めてもいいんじゃないかな~?」


 鈴木先生もノリノリだった。その言葉に、場の進行を行っている委員長の仁王さんが、無表情で頷く。


「そうですね。では、何をしましょうか? 有名どころだと『ロミオとジュリエット』『人魚姫』『三匹の子豚』『あかずきんちゃん』などありますね。悲劇を喜劇風にするのもありですし、その逆もまた面白くなるかもしれません」


 ……ん?

 仁王さん、もしかして物語が好きなのだろうか。

 語り口調が滑らかで、やけに饒舌だった。


「でも、特にオススメしたいのは『シンデレラ』ですね。これは世界で最も美しいと言っても過言ではないくらいに素敵な物語だと思いますっ……あ、あくまで、個人的な感想ですが」


 たぶん、言い終わった後で、早口になっている自分に気付いたのだろう。仁王さんは顔を赤くしていた。


「すいません、少し興奮しました。それでは少し、考えてみてください……周囲の人間と相談しても構いません。私は少し、顔を洗ってきます」


 なんだか恥ずかしくなったようで、仁王さんは逃げるように教室から出ていく。そんな彼女を微笑ましい顔で見送った後、クラスメイトたちは何を演目にするのか相談を始めていた。


「すやぁ……むぐっ? ふぇ? ママ……今、何やってるの?」


 そして、しほがさっきから静かだなぁと思っていたら、ぐっすりと眠っていたようである。周囲が騒がしくなったから起きたのかな?


「俺はママじゃないけど」


「え? あ、ちがっ……!」


 最近、しほは教室でも少しだけ話せるようになってきた。相変わらず小声だけど、隣の席にいるとよく聞こえるくらいの声量を出せるようになっている。

 交換日記は授業中にやっているので続いているのだが……おかげで俺の成績も落ちそうなので、できればそちらはやめてほしいんだけどなぁ。


「こほんっ。幸太郎くん、今は何をやっているのかしら? お昼ごはんを食べてぽわぽわしてたらいつの間にか眠っちゃってたみたいなの。だから何も分からないわ……」


 ごはんを食べて眠くなったから眠った、なんてまるで幼児みたいだなぁ。

 油断と隙しかない女の子だと思っていたけど、最近は特にポンコツである。もしかしたら、学校でも俺が隣にいるから安心してくれているのかもしれない。


 それはそれで嬉しいけど、居眠りは良くないか。


「夜はゲームばっかりしてないで、ちゃんと寝ないとダメだぞ?」


「そ、そんなママみたいなこと言わないでっ。それより、何をしているか教えてくれる? なんで黒板に童話が書かれているのかしら? 私、三匹の子豚が一番好きよ? 子豚さんが食べられちゃって面白いもの」


 そこに面白さを見出すあたり、この子もなかなか闇が深い。


「ほら、一カ月後に文化祭があるだろ? その時に、うちのクラスでは演劇をやることにしたんだ。今はその演目を決めている最中だよ」


「演劇っ! 素敵だわ♪ じゃあ、幸太郎くんが長男豚さんの役になって、一番最初に食べられる演技を見てみたいかもっ。うふふっ、わらの家が吹き飛ばされて慌てふためく幸太郎くんが楽しみねっ」


「……俺は演者をやらないと思うんだけどなぁ」


「えー? 見たいのにっ」


 と、そんな会話をかわしていたら、仁王さんが戻ってきた。

 さっきはほんのり赤かったか顔が、今は元の無表情に戻っている。


「お待たせしました。そろそろ相談も終わったころだと思いますので、静粛に。それでは、まずは他にやってみたい演目はありますか?」


 その時、またしても真っ先に手を上げたのは……やっぱり、メアリーさんだった。


「はい! ワタシね、『美女と野獣』がやりたい!」


 ――タイトルを耳にして、思わず呻きそうになった。

 その物語は、なんというか……いかにもメアリーさんが好きそうな物語だったのである。


 俺が知っているのは有名なデ〇ズニー版だけだから、もしかしたら原作ではまた違ったストーリーなのかもしれないけど……いや、たぶんメアリーさんがやりたがっているのは、有名な方だと思う。


「それはまた、ふむ……いいですね。フランス発祥の物語で、子供向けアニメの映画にもなっているので、皆さんもあらすじは分かるでしょう」


 仁王さんも乗り気だ。

 そしてメアリーさんの発言は、やけに影響力が強い。だから、みんなも前向きなリアクションを見せていた。


(確か、一人の美少女を、野獣になった元王子とイケメンうぬぼれ野郎が奪い合うんだよな……)


 まぁ、俺は裏方になるはずなので、別に何をしても文句はない。

 でも、なんとなく嫌な予感がして、気分が落ち着かなかった


 できれば、この予感は杞憂に終わってくれたら、嬉しいけど……。


「これより多数決を取りたいと思います……読み上げていくので、いいと思ったものに手を上げてください」


 そうして、演目を絞っていく。

 最終的に多数決で選ばれたのは……やっぱり『美女と野獣』だった――




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