第八十八話 今回のイベント

 そんなこんなで、日常パートが続く。

 竜崎のラブコメでも、メアリーさんの紹介はある程度終わったようだ。起承転結で考えるなら、今は『承』句の序盤くらいかな?


 ここでそろそろ、『転』句に向けての事前準備が始まった。


「はいは~い。それでは皆さん、そろそろ文化祭の準備を始める季節ですよ~」


 本日、午後の授業は丸々LHRとなっていた。

 十月中旬に開催される文化祭に向けて、第一回目の話し合いを行うらしい。


「節度を守るなら何をやってもいいから、好きに考えてね? じゃあ、後の進行は学級委員長にお任せしちゃおうかなぁ~? 仁王さん、後はお願いするよ~」


「……はい、分かりました」


 鈴木先生の言葉で、学級委員長の仁王二子さんが教壇に立つ。


 眼鏡とおさげがトレードマークの委員長さんは、淡々と進行を始めた。


「それでは、何か案がある人は挙手をお願いします」


「はいはいはーい!」


 そして、真っ先に手を上げたのは、メアリーさんだった。


「メイド喫茶がいいと思うよー! ほら、複数のメイドさんでお客様を接待したら、きっと金払いが良くなると思うっ。その代わり、接待料金としてお水代を割り増しでもらうことにすれば、いっぱい稼げるよっ!」


「却下です。それは最早メイド喫茶ではなくキャバクラです。高校生としての節度は守ってください」


「OH……さっくまいで〇っく」


「スラングもやめてください。あとそれ、女性のあなたが言うのは少しおかしいのでは?」


 …………?

 一部、やり取りがよく分からないところがあったけど、とにかくメイド喫茶は却下となったようだ。


「他にはありますか?」


「はいはいはーい!」


「……このクラスにはあなたしかいないのですか? いっぱい提案してくれるのはありがたいのですが……もうちょっと、遠慮も覚えては?」


 メアリーさんはやけに元気だ。

 いつも学校では明るく振る舞っているけど、今は特に活力がみなぎっている気がする


「文化祭が楽しみだからだよっ!ほら、ワタシって二ホン好きだからっ!」


 ……果たして本当にそうなのか。

 彼女に裏の顔があることを知っている俺は、素直にその言葉を受け入れることができなかった。


 ただ、裏の顔なんて知らない委員長の仁王さんは、その言葉を信じたようである。


「ふむ……なるほど。それでは、訂正します。メアリー・パーカーさんにとって、素敵な思い出となるような文化祭を目指して、努力しましょうか」


 ――その言葉で、あまりやる気がなかったように見えるクラスメイトたちが、一気に顔を上げた。自分には関係ないと思っていた大多数の人間が、メアリーさんの明るさに触発されたのだろう。


 ああ、そういうことか……彼女は文化祭を物語の『イベント』にしようとしているのかもしれない。


 だから、そのためにはどうしてもクラスメイトの協力も必要だから、あえて鼓舞するような言葉を選択したのだ。


 自分をクリエイターと称するだけあって、なかなかの策士である。


「それでは、改めて……何か提案はありますか?」


 仁王さんの質問に、今度はメアリーさんだけでなく、いくつもの手が上がった。士気が上がった一年二組のメンバーは、一丸となって文化祭に臨もうとしていたのだ。


 それから、いくつもの案が上がった。

 飲食店、映画、お化け屋敷、迷路、占い、などなど……出たアイディアは、多数決によってどんどんと選択肢を絞り込んでいった。


 そうして、最後に残ったのは――


「それでは、決まりですね。今回、一年二組は『演劇』をやることにします。皆さん、どうぞよろしくお願いします」


 仁王さんの言葉をもって、今回の一大イベントが決定した。


(演劇、か……)


 なんだろう。嫌な予感しかしない。

 いや、落ち着け。俺は所詮モブキャラなのだ……普通で考えたら、裏方の仕事が割り振られるはずだ。


 きっと、目立たないポジションに押し込まれるはずだから、大丈夫――なんて思えるほど、俺は楽観的じゃない。


(メアリーさんが、何か仕掛けてきそうだなぁ)


 リムジンでの会話以来、一度も話すことはなかったけれど。

 そろそろ、あの人は俺を巻き込んでくるだろう。


 だって俺は、竜崎のラブコメにおける悪役で、敵役だ。

 その対立構造を利用して、メアリーさんはざまぁ系ラブコメを作ろうとしているのだ。


 文化祭という大きなイベントを、活かさないわけがない――

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