第八十四話 思い通りにいくと思うなよ?
ひととおり、メアリーさんの妄想を聞いた後。
俺は、思わず笑ってしまった。
「ははっ……あ、ごめん。別に、バカにしているわけじゃないんだ。ただ、ちょっとおかしくて」
慌てて取り繕ったが、メアリーさんは途端にムッとした顔つきになる。
自分のプロットをバカにされて、腹が立ったみたいだ。
「何? 何か文句でもあるのなら、素直に言ったら? ワタシは寛大だから、聞いてあげるよ?」
「いやいや、文句なんてないよ。好きなようにやればいい……ただ、忠告はしておこうかな」
俺は根が『モブキャラ』なので、どう足掻いてもメインキャラクターであるメアリーさんの行動を止めることはできない。
俺が手出しできる物語は、俺を主人公にしてくれたあの子の物語だけだ。
でも、今回のストーリーにあの子は登場しない。だから俺は、たぶんメアリーさんの思いのままに動かされると思う。
まさしく、掌で踊るコマのように。
だけど、メアリーさんは勘違いしていることがあった。
それは……竜崎龍馬という人間は、彼女が思っている以上に『主人公』だということである。
あと、もう一つ。今回はどうも梓のやった役回りをキラリがやるようだけど、果たして彼女の思い通りに動くのかどうか、疑問だった。
あの子は芯が強い。たとえ竜崎に振られようとも、心が折れるとは思えない。ましてや、俺を好きになるなんて……そんなの、有り得ないのだから。
「あまり、登場人物を舐めない方がいいよ。メアリーさんが思っている以上に、竜崎とキラリは手強いと思う」
一応、忠告しておく。
しかし、そんな俺の言葉をメアリーさんは鼻で笑った。
「HAHAHA! いやいや、あんな程度の人間を操れない程、ワタシは無能じゃないよ? あの二人の過去も調査済みだし、どんな思想を持っていて、どんな物語を繰り広げていたのかも、ワタシは知っている。だから、思い通りにならないわけがないよ」
「そうか。まぁ、メアリーさんがそう思うなら、それでいいよ。でも、なんというか……申し訳ないけど、メアリーさんのシナリオはすぐに破綻すると思うよ?」
「――なんで?」
あ、怒った。
いつも俺を見下していたけど、今の発言は本気で癪に障ったらしい。表情が険しかった。
それくらい彼女は自分に自信があるんだろうけど……残念ながら、俺は確信を持っている。
彼女はどうも、前回の俺と竜崎の繰り広げたラブコメを踏襲している。
過程に興味がない彼女は、恐らくそこに手間をかけるほどの情熱がないのだろう。前例にならってテンプレを利用することにしたらしいけど……そこですら、上手くいくようには思えなかった。
だって、あの時と今では、大きな違いがある。
それは――メインヒロインの配役だ。
「メアリーさん程度のキャラクターで、メインヒロインになれるかな?」
前回は、しほがその座にいた。
彼女は外道ではあるが、メインヒロインとしての格は十分だった。
でも、メアリーさんは残念ながら、その器ではないように見える。
「所詮はテコ入れで出てきただけのサブヒロインなんだから、身の程にあった幸せを望めばいいのに」
なんていうか、滑稽だ。
まるで、モブキャラなのに主人公だと思い込んでいた、かつての俺みたいである。
だからさっきは笑ってしまった。
身の程に合わない役を演じようとしているメアリーさんが、可哀想に見えたのだ。
「ふーん? 言うねぇ…‥まぁ、いいよ。見ていたら分かるだろうし、ワタシにできないことはないんだから」
「ああ、そうだな。メアリーさんをずっと見てるよ。君の掌で踊りながら、ね」
「……コウタロウは、抵抗しないんだねぇ。ワタシの思い通りに動かされることに、不満はないの?」
「ないよ。どうせ、抵抗したら今度はしほを巻き込むとか言い出すんだろ? 彼女だけはお願いだから巻き込まないでほしい。だから、俺はメアリーさんのおもちゃになるよ」
まぁ……うん。
俺が手を出す意味なんてないと思うし、抵抗はしない。
だって、メアリーさんは勝手に破綻していくはずだから、それを見守っていればいいだろう。
「思い通りにいくと思うなよ? せいぜい、がんばれ」
俺にしては荒い言葉が勝手に口から飛び出してくる。
自分でもびっくりだった。
……あ、そうか。俺はもしかしたら、怒っているのかもしれない。
だって、メアリーさんは、自分をメインヒロインと言った。
つまり、彼女は自分がしほと同格だと思っているわけである。
そんなの、有り得ない。
だってしほは、メアリーさんとは比べ物にならないくらい、とっても魅力的なのだから――
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