第八十三話 クリエイター

 メアリーさんは語る。


「うんうん、シナリオが見えてきたよ。これは、主人公クンが見下していたモブキャラに敗北して、打ちのめされる物語にしようっ」


 彼女は、楽しいことのためならなんでもやる快楽主義者だ。

 ご所望の物語は、少し歪んでいると言わざるを得ない。


「何もかもに恵まれている主人公クンは、数多くの女の子に好意を持たれている。いわゆるハーレム系のラブコメだね。そんなある日、彼はついに一人のヒロインを愛する決意をするわけだ」


 ……その概要は、既視感があるのであまり面白くなるとは思えないのだが。

 まぁ、ひとまず最後まで話を聞いてみよう。


「ああ、テンプレだと思っているのかい? もっと奇抜な方がお好みかな? でも、こうも典型的な主人公クンだと、なかなか遊べないんだ。冒頭くらい、ありふれた形で許してくれよ」


「……いや、別に文句なんてないけど」


 相変わらず迂遠な物言いだ。

 相手を小バカにしたような説明口調が鼻につくが、それがメアリーさんの話術なのだろう。あまり心を惑わされないように気をつけて話の続きを促した。

 

「一人のヒロインを愛する過程で、他のサブヒロインを振ることもあるだろう。でも、そんな女の子の思いさえも利用して、主人公クンは意中のヒロインと結ばれる――そんな王道の物語を、私は好まない」


 ……ああ、そうだろう。

 ひねくれているメアリーさんが、典型的な枠にはまったラブコメを楽しめるはずがない。


「でも、主人公クンをメロメロにしたヒロインには、実は他に好きな男の子がいた。その相手が、なんとモブキャラだった。見下していたモブキャラに愛する人を奪われて、主人公クンは嘆き悲しんで物語は終わる――のも、まだ早いね」


「……早い?」


 その言葉に、思わず口を挟んでしまう。

 ずっと既視感のある物語を語っていたが、その続きを俺は知らなかったのだ。


「ああ、早いよ。だって、ここで終わったら前と同じだよ? 二番煎じなんて、芸がないよ」


 なんだ……随分身に覚えのある物語だと思っていたら、やっぱり分かっていて話していたようである。

 彼女はなんでも知っている。だから、宿泊学習の時に何が起きたのかも、把握しているのだろう。


「これでは、ワタシの望む『ざまぁみろ』が足りない。もっともっと、主人公クンは不幸になるべきだし、モブキャラは幸せにならないといけない」


「それは、どんな風に?」


「そうだねぇ……立場を入れ替えたりすると、より一層二人の対比が際立つかな? たとえば、ヒロインだけじゃなくて、振られたサブヒロインも主人公クンを好きになる、とかね? いや、まだ足りないなぁ。今度は逆に、モブキャラがハーレムの主人公になるなんて、いいかもしれないっ」


 メアリーさんは本当にそういう物語が大好きみたいだ。

 今まで、どこか演技がかっていた言葉選びをしていたけど、今だけは素直な思いをしゃべっているような気がした。


「自分が持っていたはずのものをすべて奪われて、ようやくハーレム主人公だった男の子は気付くんだ。自分がヒロインたちにどれだけ酷いことをしていたのか、どれだけ愛されていたか、どれだけ恵まれたいたか……うん、いい! それで、自分の行動に後悔しながら、余生を一人で寂しく生きるっ。そうやって打ちのめされた主人公クンを、ワタシは見たい……にひひっ。ああ、たまんない! うんうん、これはいい。ワタシはなかなか、いい『クリエイター』じゃないかなっ?」


 ……あるいはそれは、虚構の物語にしたら面白いのかもしれないけれど。

 しかし、現実で行おうとしているところが、やっぱり不気味である。


「配役は、もう決まっているよ? 主人公クンはもちろんリョウマ。モブキャラはコウタロウ。ヒロインは……僭越ながら、ワタシがやることにしよう。振られるサブヒロインは、ユヅキ……だと意志が弱すぎるから、キラリがいいね」


「……配役、か。随分、記憶にある物語なんだけど、また同じことをさせられるのか?」


 どうやらメアリーさんは、ついこの前の物語を踏襲して、それを繰り返すつもりらしい。


「うん。でも、ラブコメなんて愛するか愛されないかの二択なんだから、物語が同じタイプになるのは仕方ないよ……まぁ、ワタシは過程にはあまり興味がない。主人公クンがいかに落ちぶれるかどうか、という部分がワタシの『オリジナリティ』になるね」


 結局、メアリーさんは竜崎が落ちこぼれる様を見たいだけらしい。


「不安なのかな? 大丈夫、ワタシはクリエイターとしても優秀だし、役者としても申し分ない動きができる。だって、ワタシにはできないことがないからね?」


 今まで、できなかったことなどない。

 そう言わんばかりの傲慢な言葉だけど、それに説得力があるのは、『完璧系ヒロイン』だからだろうか。


「……クリエイター、か」


 自身をそう称するメアリーさんに、俺は思わず笑いそうになる。

 彼女に自覚はないようだけれど……うーん、やっぱり俺には彼女がクリエイターには見えない。


 だって、メアリーさんもまた『サブヒロイン』なのだ。

 そんな彼女がクリエイターを自称しているのだから、滑稽に思ったのも仕方ないと思う――



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