第八十二話 ざまぁ系ラブコメ

 俺の物語に対して、メアリーさんは『モブキャラ』だと評した。

 その感想は当然なので、今更そんなこと言われてもなんとも思わなかった。


「モブキャラか……うん、俺もそう思うよ」


「……もうちょっと感情的になれたら、もっと面白い物語になったかもしれないのに。そうやって無感動だから、アナタはモブキャラだったのでしょうねぇ?」


 まったくもって、その通りだ。返す言葉もないので、反論せずに肩をすくめるだけに留めておいた。


「なるほどねぇ。やっぱりコウタロウはモブキャラだったよ……でも、だからこそ興味深い。たかがモブキャラ風情のアナタが、どうしてリョウマに憎まれる人間になれたの? やっぱり、シホのせい?」


「――その名を、口にするな」


 不意に出た彼女の名前に、思わず感情が荒れた。


「俺のことはどう扱っても構わない。いくら罵倒してもいい。メアリーさんのおもちゃにしてくれて構わない。でも、しほだけはダメだ。もし、彼女を巻き込むことを考えているなら……俺は、メアリーさんが楽しくない行動をするぞ?」


 睨み、強い口調で言葉を吐き捨てる。

 だけど、メアリーさんにとっては威圧にもなっていないのだろう。飄々とした顔で笑い続けていた。


「ぃや~ん、怒らないでよ~。怖いなぁ……でも、安心して。アナタを敵に回す気はないし、たぶん……ワタシにもシホは思い通りにできないから、大丈夫。関わる気はないよ。だって、つまんないから」


 ……メアリーさんの厄介なところは、ただの快楽主義者じゃないところかもしれない。

 彼女は完璧な人間で、知識欲に飢えている。そして、その情報を、自分の快楽のために利用できる人間だ。


 だから、しほが思い通りにならない人間だということも知っていたのだろう。彼女が関わると、物語が捻じ曲がる。それくらいの強力なキャラクターだからこそ、しほはメインヒロインだったのだ。


「ワタシは、ワタシの掌で踊ってくれる人間が好きなの。凡庸なモブキャラとか、動物みたいに何も考えていない主人公クンとか、その程度の駒で遊べたら、十分満足できるよ」


「性格、悪いな」


「知ってるよ? 何年、ワタシがワタシをやっていると思うの? もう17年目だから、ワタシのことはよく知っているよ」


 メアリーさんは自らの『分』をわきまえている。

 自分の手が届く範囲でのみ遊んで、失敗をしないようにしている。


 そういうところが狡猾で、だからこそやりにくかった。


「主人公とモブキャラ……本来なら関わりの薄い二人が対立している状況は、面白いねぇ。うんうん、これを活かそうよ。もっともっと、対立した方が楽しいよっ。ワタシ、見てみたいなぁ……モブキャラが、主人公を嘲笑う姿が」


「……それ、楽しいのか?」


 理解できない。

 ただただ、モブキャラが主人公を嘲笑うだけの物語が、楽しい?

 こんな後ろ向きで、何も生み出さないような作品、誰が見たいと思うのか。


 やっぱりメアリー・パーカーは歪んでいる。

 彼女は、歪だ。


「ああ、そうだよ。物語にはたくさんの型がある。下級の民が成り上がるシンデレラストーリー、正義が巨大な悪を倒す勧善懲悪、ただただヒロインに愛されるだけのハーレムラブコメ……説明したらキリがないほどある中で、ワタシが最も好きなジャンルは、何だと思う?」


 メアリーさんは語る。


「恵まれた人間が、落ちぶれていくような……自分が見下していた人間に踏みつぶされるような、そういう物語が好きなの。大枠としては、復讐系かな? にひひっ……それを見た後で、ワタシはいつもこう思うの。最高の余韻に浸って、カタルシスを味わいながら、いつもこの一言で物語をしめくくるよっ」


 熱に浮かされたみたいに頬を上気させて、夢見る乙女のように目を輝かせながら、うっとりとした口調で、こう言った。





「――ざまぁみろ、ってね」



 その言葉が、開幕の合図だった。


「だからワタシは、そういう物語を作りたい。コウタロウとリョウマなら、きっと素敵な物語を作ってくれるはずだから……にひひっ、楽しみだなぁ。本当にワクワクするよっ」


 さぁ、始まる。

 俺が悪役で、竜崎龍馬が主人公の、歪んだラブコメが……再び、幕を開けようとしていた――

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