第八十話 快楽主義者

「うん、いいね。コウタロウは、なかなか悪くないよ。物事を俯瞰で考えられる、こっち側の人間かもしれないね」


 少し会話しただけなのに。

 ただそれだけで、メアリーさんは俺の全てを知ったみたいな態度を取っていた。


「気にはなっていたんだよ? 何せ、リョウマがやけに嫌っている……あの可哀想なくらいに他人の感情に鈍い人間が、嫌いになれるような人間なんだからね」


「なっ……!」


 しかも、メアリーさんは竜崎の本性を知っていた。

 学校ではそんな素振りを一切見せなかったのに……!

 結月やキラリなど、ハーレムメンバーと同じように、メアリーさんも学校では竜崎をもてはやしていた。


 竜崎龍馬という主人公様に魅了される、一人のヒロインというカテゴリーに分類されて、その役割通りに動いていた。


 だけど、今は違う。

 竜崎を、どこかバカにするように鼻で笑っている彼女は……学校での姿と、まるで別人みたいだった。


「ほら、せっかくの機会だから、もっとコウタロウのことを教えてよ? アナタの主義、思想、思考、哲学、持論、全てを教えて? そして、ワタシの知識欲を満たしてくれるかな? じゃないと、我慢できない。思わず、リョウマの嫉妬心をくすぐっちゃうことを、したくなるかもねぇ」


「……それは、学校でも俺に話しかけて、竜崎に見せつけるということか?」


「そうだよ? たとえば……リョウマの前で、抱き着いたりしちゃってもいいかなぁ? そうしたら、リョウマはきっと不快になるだろうねぇ。『また、俺の好きな人を奪った』――なんて、言ってくれるかもしれないよ?」


 ――ああ、くそっ。

 この人は、俺が知ってる以上に、俺のことを知っているらしい。

 宿泊学習の件も、どういう手段を使ったのか分からないが、既に把握していた。


「人間……誰にでも、バックボーンがある。成り立ちがある。それに伴った人間関係がある。それらを知れば知るほど、行動に対する因果が分かる。生まれた結果の過程が分かる……少し文学的な表現をすると、『物語』ってところかな?」


「物語……」


「うん、ストーリーだよ。ワタシは転校するにあたって、クラスメイトたちのことを調べた。退屈な学校生活なんて嫌だから、面白くなる要素を探した。その結果、見つけたのが……リョウマと、コウタロウだった」


 そして、メアリーさんは笑った。

 その笑顔は、しほの無邪気で愛らしい笑顔とは真逆の、狡猾でひねくれた笑顔だった。


「アナタたち二人の物語を、捻じ曲げたい」


 それから彼女は、身を乗り出すように俺に接近してくる。

 もたれかかるように体重を預けてきて、メアリーさんの体の柔らかさを感じた時……不意に、嫌悪感を覚えた。


「っ!」


 押しのけるように、メアリーさんから再び距離を取る。

 でも、もう壁際に追い込まれて、これ以上は下がれない。


 だから、メアリーさんの嫌な笑顔からも、逃れられなかった。


「そういうことだから……もっと、お話をしようよ? コウタロウのことを教えて? もっともっとアナタの物語を知らないと、ワタシが楽しくなれないから」


 ……なるほど、そうか。

 今、分かった。メアリーさんは、ただの新キャラクターじゃない。


 この人はやっぱり、トリッキーなストーリークラッシャーという立場にいる。それは予想通りだったけど……しかし、予想以上に、彼女はねじ曲がっていた。


 こういう人間を『快楽主義者』と分類するのだろう。

 自分が楽しければ、他人のことなんて何とも思わない……そんな歪んだ人間性に、思わず背筋が寒くなった――

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