第七十八話 不穏な影

 あっという間に、食事の時間が終わった。


 霜月家での時間はとても温かくて、優しかった。

 久しぶりに『家族のだんらん』を感じたような気がする。


 うちの両親は仕事人間なので、霜月夫妻ほど子育てに興味がない。今も俺と梓を置いて海外に出張中だ。


 最低限のことはやってくれるし、お金に関しても不自由な思いはしたことがないので、感謝はしている。でも、たまに寂しさを感じないと言えば、嘘になる。


(今度は梓も連れてこようかな)


 彼女にも、ぜひ来てもらいたい。いつきさんとさつきさんなら、梓を優しく受け入れてくれるだろう。


 ――そんなことを考えながら、帰路につく。

 しほと、霜月夫妻に別れを告げてから、一人で夜の道を歩いていた。


 時刻は20時半。少し遅くなったので、さつきさんが車で送ろうとしてくれたけど、それは断った。


 なんだか歩きたい気分だったのだ。


「ふぅ……」


 息をついて、少し冷たくなった空気を吸い込む。火照った体を冷まして、息を整えた。


 九月。そろそろ秋が訪れる季節だ。少し前まではこの時間帯でも暑くて仕方なかったけど、最近は過ごしやすくなっている。


 何も考えずにぼーっとするのにちょうどいい気温だ。

 なので、ぼんやり歩いていた。まぁ、バス停まで歩くだけなので、大した距離ではない。すぐに最寄りのバス停についたので、ベンチに座って待っていた。


 ――ちょうど、その時である。


「…………ん?」


 いかにも高級そうな黒いリムジンが、目の前をゆっくりと通過していった。

 閑静な住宅街に場違いな車だ。テレビでしか見たことなかったので、すごいなぁと思いながら眺めていたら……十メートルほど先で、リムジンが停車した。


 それから、運転席からスーツ姿の男性が出てくる。品のありそうなご老人で、ゆったりと仕草で後部座席を開けた。


 そして、そこから出てきたのは――金髪碧眼の、美少女だった。


「マジかよ……」


 肉付きのいい体と、利発そうなオーラが印象的な洋風の美女に、俺は目を見張る。

 間違いない。彼女は、新ヒロインのメアリーさんだった。


 まさか会うことになるとは思っていなかった。


「ハロー♪ こんな夜に奇遇だねっ?」


 しかも彼女は、俺に話しかけていた。


「え? あ、えっと……」


 不意の出来事に返答をもたついてしまう。

 だって、俺と彼女には接点がない。学校でも一言も言葉を交わしたことがないのに、いきなり話しかけられたのだ……驚くのも当然だろう


 そんな俺を見て、メアリーさんは苦笑していた。


「あらら? 話しかけられたことがそんなに意外? それとも……存在を認知されているとは思っていなくて、びっくりしている? でも、クラスメイトなんだから、名前と顔くらい覚えてるのは当たり前じゃない?」


 肩をすくめるメアリーさんは、なんというか……竜崎の前にいるときと、少し様子が違って見えた。


 あいつと接している時の彼女は、もっと能天気に見える。いかにも『外国の少女』らしい大らかさと無邪気さを振りまいているのだが、今はあまりそう見えなかった。


「それに……ワタシは、アナタのことが気になっていたんだよ。ねぇ、コウタロウ?」


 名を、呼ばれる。

 新ヒロインとしてさっそうと登場し、今現在最も主人公様に近い新ヒロインが、俺の存在を認知している。


 それが、とても不気味だった。


「せっかくだし、車に乗っていかない? 送っていくよ?」


 ――やっぱり竜崎の物語は、俺を放置してはくれないのか。

 新ヒロインの強引な登場と、含みを持たせるセリフに、俺はため息をついてしまった。


 本当は一緒になんていたくないけど……物語はきっと、それを許してはくれないだろう。


 宿泊学習の一件以来、俺は竜崎龍馬にとって悪役となったのだから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る