第七十七話 彼女にメインヒロインの自覚がない理由

 ――ようやく、霜月しほが『特別』な理由を知ることができた。

 彼女のご両親が特別だったからこそ、しほはその影響を大きく受けたのである。


 ……そういえば、ずっと前にしほがこんなことを言っていたことを思い出す。


『私って竜崎君の前だとすごくつまらない人間なのに、あんなに話しかける彼の方が少しおかしいと思うの。不愛想だし、何も話さないのに、こんな女の子のどこがいいのかしら? やっぱり顔? それなら私じゃなくて、その遺伝子をくれたパパとママにお礼を言えばいいのに』


 思えば、これが解答だったのだろう。

 しほの魅力は、父親と母親の影響が強いのだ。


 ずっと不思議だった。

 しほはこんなにかわいいのに、それを自慢しない。いや、かわいいことは理解しているだろうが、そのことを自分の長所とは思っていないように感じる。


 同様に、彼女は自分が特別なメインヒロインだというのに、そんなのまったく気にしていなかった。


 たぶんそれは『もらいもの』だからなのだろう。


 彼女は努力してそれを手に入れたわけじゃない。ただ、生まれつき持っていたものなので、恐らくはその部分を褒められたとしても、大して嬉しくないのだと思う。


 竜崎にいくら『かわいい』と思われても、それは父親と母親のおかげだから、自分が認められたわけじゃない。

 主人公様に愛されようと、メインヒロインになりたくてなったわけじゃないから、自分が愛されているようには感じない。


 そういう思考があるのなら――しほが俺を選んでくれたのも、なんだか納得できた


 中山幸太郎という友人は、彼女が自らの手で手に入れた『友人』だ。

 顔の魅力とか、メインヒロインだからとか、そういう要素に関係なく、俺は彼女の友人になった。


 そのおかげで、しほにとって俺は『特別』になれたのだと思う。


(しほは、素敵なご両親がたっぷりと愛情を注いだから、あんなにいい子に育ったんだなぁ)


 また一つ、しほのことが理解できた気がした。

 その魅力が、俺の心を更に惹きつけていった。


『私のこと、もっと知って? もっともっと、好きになってね?』


 かつて告白しようとしたら、軽い気持ちは嫌だと言われた。

 それ以来、しほとずっと一緒にいるけど……彼女の思惑通り、どんどんしほのことが好きになっていた。


 相変わらず、物語は単調だけれど。

 普通のラブコメなら、しほのご両親と俺が衝突する――なんてイベントもあり得たはずなのに、霜月ご夫妻は俺のことを優しく受け入れてくれた。


 おかげで、俺が葛藤するような場面はまったく訪れない。

 しほとのラブコメは、ずっと幸福な感情が続いていた。


「あ、幸太郎くんっ! 遅くなってごめんね? あのねあのね、私も今日はお料理を手伝ったのよ? ママにお願いしてがんばったから、いっぱい食べてねっ? それとも、食べさせてあげよっか? ママがパパにやってるみたいに、あーんしてあげるわよ?」


 ……ほら、今もこうやって、素敵な笑顔を俺に見せてくれた。

 リビングでいつきさんと話していたら、一通り準備を終えたしほがようやく来てくれた。


「あら? パパと話していたの? うふふっ、うちのパパって素敵でしょう? あ、ママともお話した? ママったら少し人見知りだから、初対面の人だと緊張しちゃうポンコツなのっ。だから、大目に見てあげてね?」


 ……いや、しほよりは全然ポンコツじゃなかったけどね。


 確かに会ってすぐの時は恐れ多い印象もあったけど、いつきさんと合流してからはとても表情が柔らかくなった。さつきさんは生粋のメインヒロインだから、主人公の前以外ではどうしてもいつもの自分をできなくなるだろうし、仕方ないと思う。


「しほの言う通り、二人がとても素敵な人だと言うのは、分かったよ」


 素直にそう告げると、しほはたちまちにほっぺたを緩めた。

 満面の笑みを浮かべて、嬉しそうにぴょんと飛び跳ねる。


「うんっ! えへへ~」


 しほは両親のことを褒められて、まるで自分のことのように喜んでいる。

 そんな彼女は、やっぱりかわいかった――

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