第七十一話 ハーレム脱退

 ――翌日、梓は珍しく俺と一緒に登校した。


「おにーちゃん、どうしよう……なんか緊張するっ。梓、変じゃないかなぁ? 髪の毛、おかしくない?」


「……こけしみたいだけど、まぁなんとかなるんじゃないか?」


 結局、座敷童というイメージを払拭できなかった。一応、がんばって髪のバランスを整えることはできたけど、俺にそれ以上の腕はなかったのである


「うぅ……おにーちゃんのへたくそっ」


「だったら美容室に行けば良かっただろ? 俺に任せるから悪いんだ」


「だ、だって、外出するのめんどくさかったし……」


 およそ二カ月ちょっとくらいだろうか。

 引きこもっていた弊害で梓は完璧なインドア派になってしまったようだ。


「それより、外では『中山くん』じゃないのか? おにーちゃん失格なんだろ?」


「……そ、その件に関してましては、ごめんなさいっ。ほ、本当にごめんね? おにーちゃん……ふぇぇえ」


「あ、ごめん。泣くな、冗談だからっ」


 本当に後悔しているんだろうなぁ。

 まぁ、あの時は主人公様しか見えないサブヒロインというキャラクターを押し付けられていたのだ。おかしくなっていても、仕方ない気がする。


 別に梓が急変したわけじゃない。この子はもともと、こういう感じの妹だった。

 ただ、主人公様の影響で視野が狭くなっていたこともあり、周囲の人間に対して冷たくなっていた……と、良いように解釈しておこう。


 実際に、竜崎と関わることがなくなってからは、まるで毒が抜けたように梓の視野は広がっている。

 俺を蔑ろにせず、しほと仲良くなったことも、いいことだ。


「……よしっ。おにーちゃん、一緒に登校してくれてありがとっ。おかげで勇気が出たよ! じゃあ、梓は先に行ってるね?」


 しかし、一緒に歩いたのは校門の近くまでだった。

 そこから彼女は、俺に手を振って走り出す。


 そういうところも、また一つの成長に見えた。

 きっと、本心では俺と一緒にいたかったと思う、何かあったら助けてくれる存在がそばにいないのは心細いだろう。


 だが、俺に頼らずに、自分の足で進みだした。

 それはつまり『学校での問題は自分でなんとかする』という意思表示でもあるように見える。


 そういうわけなので、何が言いたいのかというと……竜崎の件に関しては、あまり心配しなくて大丈夫そうだ、ということになるだろう。


 おにーちゃんとして、いつも通り梓を見守っていればいい。

 そんなことを考えながら、梓に遅れて教室に向かった。


 そして、教室に入ると――その時にはもう、竜崎の物語に梓が巻き込まれている最中だった。


「梓っ!? やっと学校に来たんだなっ……連絡しても返事してくれないから、心配してたんだぞっ? それにしても、いきなり髪型が変わってるし……何があったんだ?」


 来て早々に竜崎が梓を歓迎していた。

 その隣には、新キャラクターであるメアリーさんの姿もある。


「OH! コケシ! キュート! にひひっ、この子いいかもっ」


 彼女はコケシそっくりになった梓をとても気に入ったようだ。愛しそうに抱きしめている。

 一方、知らない人に抱き着かれた梓は、少し戸惑っていた。


「ひ、久しぶりだね。体調が悪くて休んでただけだから、もう大丈夫……だけどっ。だ、誰? え? どういうこと?」


「はーい♪ ワタシは昨日転校してきたメアリーだよっ! 気軽にメアリーおねーちゃんって呼んでねっ」


「……お、おねーちゃんは要らないっ」


 どうやらしほのせいで梓はおねーちゃんアレルギーになっているようだ。メアリーさんの申し出を露骨に嫌がっている。


「ぃや~んっ。ツンツンしててもかわいいっ」


 そんな梓も魅力的だったのだろう。メアリーさんはメロメロだった。


 それから、梓をギュッと抱き着きしめているせいか、メアリーさんの豊満な胸が押し潰れていた。それを見て竜崎は鼻の下を伸ばしている。

 もうすでに竜崎龍馬のラブコメが始まっているようだ。


 最近元気のなかった竜崎だが、メアリーさんの影響か、いつも通りに戻りつつあった。

 少し活発的になった主人公様は、梓にも積極的だ。


「体調はもう大丈夫か? ったく、心配かけやがって……まぁ、元気ならそれで良かったよ! また俺の家に来て、一緒にごはんでも食べようぜっ」


 早速、竜崎のラブコメに梓も巻き込まれようとしている。

 以前、彼女は振られはしたが……しかし、告白したという点で、梓は他のハーレムメンバーより有利なポジションにいる。


 竜崎も、自分に告白してくれた梓のことを気に入っているのだろう。その証拠に、ずっと休んでいた梓の席は、今でも竜崎の右隣りにある。


 つい先日、メアリーさんが竜崎の隣に座りたいと言った時も、あいつは梓ではなくキラリにお願いしてどいてもらっていた。それほど、梓に対しては思い入れが強いのだろう。


 だが……梓はもう、竜崎の知っているいつも通りの彼女ではなくなっている。


「……あれ? そういえば、メアリーちゃんってこの席なんだ……梓は、こっちだよね? だったら、キラリちゃんは?」


 やっぱり彼女は、物事に対して視野が広がっていた。

 キラリの席がないことにしっかりと気付いている。


「ああ、そのことか。メアリーは転校したてだから、色々と手伝いが必要だろ? その役割を俺がやることになったから、キラリには申し訳ないけどちょっと席を替えてもらったんだ」


 もちろん、そのことが悪いことではないと思っている竜崎は、当たり前のように平然と説明する。

 しかし、サブヒロインだった梓にとって、それがどんなに残酷なことか分かったのだろう。


「……キラリちゃん、悲しそう」


 ポツリと、呟く。

 梓は離れた席で聞こえないふりをしているキラリを痛ましそうな顔で見ていた。


「え? なんだって?」


 まぁ、難聴系鈍感主人公様にはそんな言葉は聞こえていないが。


「キラリちゃんっ」


 梓も竜崎と話していても埒が明かないことを理解しているようだ。

 早々に会話を打ち切って、離れている場所にいるキラリの方に向かっていった。


 それから彼女は、こんなことを言う。


「席、交換しよっ。梓ね、後ろの方が落ち着くから、お願いしてもいい?」


 その提案は、梓にとって明らかに不利になるものだった。

 ここで席が離れては、竜崎ハーレムで有利な位置にいる優位性を発揮できなくなる。せっかく主人公様が気にかけているのに、梓はその武器を自ら手放そうとしていたのだ。


「……え?」


 キラリも困惑したように呆気に取られている。

 それも無理はない。だって、今の発言は……まるで、梓がハーレムから脱退しようとしているみたいだったから。


(そうか。梓はもう、決めたんだな……)


 ずっと、どうするか気になっていたけれど。

 告白に失敗した梓は……もう、竜崎にとって都合のいいヒロインを、やめることにしたようだ――

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