第六十六話 パーフェクト系ヒロイン

 一方その頃、かつてメインヒロインだったあの子は、新学期早々学校をおサボりしているようだ。


(しほ……やっぱり、起きることができなかったんだな……)


 予想はしていた。

 夏休みですっかり生活リズムを崩した彼女は、朝方に寝てお昼に起きると言う生活を繰り返していたらしい。そのせいで昨夜もしっかりと寝れなかったのだろう……今頃、すやすやと愛らしい顔で寝ていると思うと、なんだか力が抜けた。


 というか、こういう時は普通ご両親がしっかり教育すると思うんだけどなぁ……あの子はあまりにも溺愛されているらしく、まったく怒られないみたいである。だから学校も堂々とサボれるのだろう。


 学校では新ヒロインが登場して波乱の予兆を見せているというのに、彼女はいつも通りマイペースだ。メインヒロインを引退して、物語の外側でのんびり過ごしている。


 それは決して、悪いことではない。

 あの子はもう竜崎に振り回されない生活を手に入れることができたのだ。

 願わくば、ずっとそのままでいてほしいものである。


 それから、夏休み明けの教室には、空席があと一つ残っていた。竜崎龍馬の右隣、本来であれば梓が座っているはずの席は、だいぶ長いことほこりをかぶっている。


 宿泊学習が終わって、少しずつ回復していた梓だが……結局、竜崎を乗り越えることができなかったらしい。どうしても学校に行きたくないらしいので、最近は家にこもりがちだった。


 いつか、元気になってほしいけれど……俺にはあまり、やってあげられることがない。だから、気長に見守ってあげることにしている。


 結局のところ、梓の問題に関しては、彼女自身が乗り越えなければならないことだ。竜崎に振られて、ショックを受けたのは分かる。でも、あいつを好きになったのは梓の意思なので、傍観者の俺が口を挟めるような問題ではないのだから。


(……新ヒロインが現れたと知ったら、今度はどうするんだろう?)


 梓はまた、竜崎龍馬の物語に戻ってくるのだろうか。

 あるいは、もう舞台から降りて、普通の女の子に戻るのだろうか。


 いずれを選んでも、きっと本当の幸福を手に入れるのは難しいと思うけれど。

 まぁ、兄として精一杯、応援くらいならしてあげられる。その時まで、ゆっくりと待つことにしよう。


 ――と、そんな感じで新学期が始まったわけだが。

 竜崎龍馬のラブコメにテコ入れされた新ヒロインは、どうも物語を大きく捻じ曲げるほどに、ぶっ壊れたキャラクター性をしていた。


「にひひっ。リョウマ、今度ワタシのおうちにきてよっ。広いから、いっぱい遊べるよーっ」


 会話の端々にちりばめられた情報から、メアリーさんのキャラクター性を分析してみた。


 まず、ご両親がかなりの金持ちらしい。家も豪邸みたいだ。

 それから、体育の時間に……人並外れた運動能力を発揮していた。


「アメリカではこれくらい速く走らないと銃弾から逃げられないZE☆」


 アメリカンジョークかよく分からない冗談を言いながらも、短距離走であっさりと男子の陸上部に勝利した彼女は、最早人外である。


 それから、夏休み明けの国語の小テストでは、いともたやすく満点を取っていた。


「HAHAHA! 日本のアニメを見て国語をマスターしたよー!」


 いやいやいや……古典の文法とかアニメで学べるのだろうか。


 と、ツッコミどころ満載であはあるが、一日も様子を観察したら、メアリーさんがどういうタイプのヒロインか分かった。


(彼女は、パーフェクト系ヒロインだな)


 何もかもが完璧なタイプで、普通であれば男子に興味がないという設定のヒロインだ。しかし、主人公様だけは特別で、彼だけを好きになってしまう――という流れである。


 こんなにすごいヒロインに愛されて、主人公様はさぞかし気分が良くなることだろう。

 ポンコツ系ヒロインのしほとは真逆の存在とも言えるかもしれない。


 さて、ここからどう動く?

 今のところ、俺は物語の端っこにもいない。今までと同じように、モブキャラらしく、その他大勢の一人でしかなかった。


 できれば、この立場にいたいのだが。

 でも、そんなことはありえないだろう。


 登場がまだなだけで、きっと悪役の俺も物語に巻き込まれるはずだ。

 その時が来ると思ったらとても不安だが……まぁ、今だけは忘れよう。


 まだ、物語の展開はゆっくりだ。

 だったら、もう少し……この平穏を、楽しんでおきたかった――





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