第六十五話 ストーリークラッシャー
メアリー・パーカー。
そう名乗った彼女は、アメリカから留学してきたらしい。
日本の文化が好きらしく、幼いころからよく日本に旅行で来ていた、と説明していた。
だから日本語も流暢である。幼い頃にアニメを見て完璧にマスターしたようだ。
金髪碧眼で、少しくせのある髪の毛はいかにも洋風の美女であり、明るい性格もまた日本人にはない独特のものである。
明らかに普通ではない雰囲気を放つ少女は、どこからどう見てもモブキャラとかサブキャラの枠には収まらないだろう。
彼女は、テコ入れされたメインキャラクターかもしれない。
そんな俺の予想は、やっぱり的中した。
「ふーん、アナタはリョウマって言うのね? 朝はサンキュー♪ おかげで、私の家族を失わずに済んだよっ。まぁ、犬だけど、ずっと一緒だから家族みたいなものだよ!」
朝、自己紹介を終えてすぐのことだ。
メアリーさんの席は、本来であれば空いている最後方だったはずだが、彼女はなんと竜崎の隣を熱望した。
教室の中央にある竜崎の席は、周囲をハーレムメンバーで固めている。
鈴木先生は、転校したてのメアリーさんを優先して、ハーレムメンバーのうちの誰かにどくようにお願いした。
もちろん、ハーレムメンバーは誰もどこうとしなかったが……そこで白羽の矢が立ったのは、メアリーさんと髪色が同じあの子だった。
「どうしよっかなー? あ、そうだ! そこの金髪ガール、ワタシに席をゆずって? アナタ、キャラクターが被るから、ちょっと邪魔かもっ」
「……はぁ?」
髪の毛を金髪に染めているのは、浅倉キラリである。俺の元友人でもある彼女は、メアリーさんの言葉に不満そうな顔をした。
「なんでアタシなわけ?」
「だって、リョウマの目がチカチカしちゃう! それに、ニホンジンなら黒髪が一番なのに、ムリして染めたりするから、あんまり金髪似合ってないよっ」
「は、はぁ!? なんでアタシが初対面のあんたにそんなこと言われないといけないわけっ」
キラリの言葉もごもっともである。
ただ、メアリーさんにはまったく悪気がないのだろう。明るく笑いながら、キラリをたしなめていた。
「にひひっ。怒っちゃった? まぁまぁ、落ち着きなされでござる~」
……出た直後だからか、口調が安定しない。キャラクターがやや不安定だが、新ヒロインとしての役割を持っている彼女は、主人公様に優遇されがちである。
「キラリ、落ち着け。転校したばかりで、メアリーもきっと不安なんだよ……悪いが、ここは譲ってくれないか?」
主人公様特有の、誰にでも隔てのない『優しさ』を発揮する。
しかしそれは、今までずっとそばにいた女の子を優遇しない、という残酷な思想でもあるわけで。
キラリは、ショックを受けたような顔をしていた。
「っ……りゅーくんは、それでいいわけっ? アタシじゃなくて、この女がいいってこと? じゃ、じゃあいいっ……りゅーくんなんてもう知らないしっ」
ふてくされたようにそっぽを向いて、キラリは席を立つ。荒っぽい仕草で荷物を抱えた彼女は、本来であればメアリーさんが座るはずだった席に向かっていった。
……どうやら、ハーレムヒロインたちの序列が、少し変わったようである。
「ぷんぷんガール、サンキューでーす♪ でもあんまり怒ってると、可愛い顔が台無しだよー!」
誰が怒らせたと思っているんだか。
なんというか……強烈なキャラクターを持つ少女だと思った。
竜崎に歩み寄るためには、何をしてもいいと言わんばかりの自由で過激な思想を感じる。
こういう新キャラクターは決まって、物語をかき乱す。
王道ストーリーであれば、悪役として遺憾なく実力を発揮してくれるだろう。
しかし、今の竜崎のラブコメは外道の方向に進んでいる。
だからこそ、トリッキーなメアリーさんは……あえて、王道へと道筋を戻すような役割を、与えられている気がした。
その証拠に、ずっと暗かった竜崎の表情が、少しだけ明るくなっている。
「メアリー、悪いな。キラリはああ見えて優しいから、少ししたらきっと打ち解けるよ」
サブヒロインを蔑ろにして、あいつは新ヒロインに夢中である。
「これからよろしくな? 何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってくれ。メアリーの助けになるよ」
爽やかに笑って、手を差し出す竜崎。
そんな彼に、メアリーは満面の笑みを浮かべてから……不意に、思いっきり抱き着いた。
「ちょっ、メアリー!?」
竜崎は驚いていたが、関係ないと言わんばかりに、今度はあいつの頬にキスをする
それから、少し赤い顔で、彼女は再び笑った。
「にひひ~っ。これが欧米流の挨拶だよーっ。ニホン風のアクシュもいいけど、やっぱりワタシはこっちが好きだから!」
……うわあ、これは強いな。
彼女を見ていて、思わず頭を抱えそうになる。
あの新キャラ、かなり強烈な方向に振り切っている。
あるいは、メインヒロインの座を一瞬で奪ってしまうような……そんな、強烈な個性を感じた。
メアリーさんのせいで、再び竜崎龍馬の物語が動き出しそうである。
はぁ……勘弁してほしかった――
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