第六十四話 テコ入れ

 ――二学期が始まった。

 長いようで短かった高校一年生の一学期は、振り返ってみると色々なことがあったような気がする。


 入学式には、特別だと思っていた義妹、幼馴染、大親友を失った。

 しかし一カ月後に霜月しほというメインヒロインと仲良くなった。

 そしてそれからまた一ヵ月が経ち、しほが竜崎の告白を振った。

 直後、俺としほはもっと仲良くなることができた。


 本当は、恋人になれたら嬉しかったのだが……そこまで関係が進展するには、もう少しが時間がかかるかもしれない。

 何故なら、どうにもしほの愛情が強すぎるせいである。普通の『好き』では満足できなくなってしまったようで、彼女は俺に一つの要求をした。


『もっともっと、私を好きになって?』


 それまで、しほは待ってくれるらしい。

 俺が、俺自身を好きになって、それからもっとしほのことも好きになったら……その時にきっと、望むような関係になれるのだろう。


 ……正直なところ、その提案はありがたかった。

 やっぱり、元モブキャラと自称していただけあって、俺はどうにも自己肯定感が低い。こんな状態だと、どうしてもしほに対する『好き』という感情にも、曇りが生まれてしまう。


 俺なんかが愛してもいいのだろうか。

 つり合いが取れないのではないだろうか。

 しほのことを、幸せにできないのではないのだろうか。


 などなど、油断するとすぐに不安を抱いてしまう。

 やっぱりそれは、しほにとっても面白くないだろう。


 だから、胸を張って堂々と彼女のことを好きになりたい。

 そのためには、しっかりと自分に自信をつけなければならない。


 なので、時間が必要だったのだ。

 幸い、しほは気長に待ってくれるらしいので、今は彼女の気持ちに甘えさせてもらうことにしたのである。


 夏休みは、通常のラブコメであれば海や山に行ってキャンプしたり、お互いの家に泊まったり、色々なイベントがあったと思うが……しほは過剰なインドア派である上に、門限が19時という家庭環境なので、そんな大層なイベントは起きなかった。


 基本的に、彼女はお昼ごろに俺の家に来て、だらだら遊んで、夕方に帰っていく。そんな生活を、なんと夏休みの間延々と続けた。


 ずっと一緒にいられたことは嬉しかったけど、まぁそんな調子なので、関係にも進展はない。


 やっぱり、俺が主人公のラブコメは駄作である。

 こんな鈍い展開、普通であれば読者が許さないだろう。


 まぁ、それはそれで俺らしいので、今更何かを思うようなことはないのだが。


 ――そんなこんなで、二学期を迎えた。


 九月。教室に到着して、ふと見えたのは竜崎龍馬の後ろ姿だった。


「…………」


 宿泊学習以来、あいつはとても大人しくなった。

 ずっと無言で、何かを思い詰めるように思慮にふけっている。


 ご自慢のハーレムメンバーとイチャイチャすることも少なくなり、なんというか……主人公様らしいとは、言えなくなっていた。


 もしかして、あいつは本当に落ちぶれてしまったのだろうか。

 しほに振られたことで、他の女の子の好意を無視して、無気力になっているのだろうか。


 だとするなら……まぁ、それもまた一つの結果である。

 他人の好意を踏みにじり、不幸のヒーローを気取って無気力になるのなら、ずっとそうしていればいい。


 竜崎がハーレム主人公の座から落ちぶれたのであれば……それはそれで、いいのだが。


 でもやっぱり、それはないだろう。

 だって、時折あいつは、俺を睨む。強い憎悪は、日に日に強くなっているような気がする。


 何かきっかけがあれば……あるいはまた、何かが起きるような。

 そんな様子にも見えてしまうのだ。


 ……できれば、何事も起きてほしくない。

 めんどくさいし、しほがまた傷つくようなことになるのは、嫌だ。

 願わくば、もう二度とイベントなんて起こさないでほしい。

 竜崎龍馬には、落ちぶれた元主人公様として、寂しく学園生活を終えてほしい。


 そう、俺は思っていたのだが――しかし、竜崎龍馬の物語は、まだ終わっていなかったようだ。


「はいはーい! みんな、夏休み気分は抜けてますかー? 抜けてない人は抜いてくださいね~。それでは、早速ですけど……転校生を、紹介しちゃいま~すっ」


 朝からテンションの高い鈴木先生の言葉と同時に、教室に見知らぬ女子生徒が入ってきた。


「ハロー♪ メアリーだよーっ! アメリカから来たけど日本語は話せるから、みんな仲良くしてねー!」


 金髪碧眼の、派手な女の子が教室に入ってくる。

 同時に、教室の誰もが、こう思ったはずだ。


 かわいい――と。


 雰囲気は、しほに近いかもしれない。

 常人離れした容姿の少女に、男子はほとんどが目を奪われている。

 同性の女子でさえ、見惚れるほどにかわいい少女が、転校してきた。


 そして、その子はなんと――転校して早々に、あいつの虜になってしまった。


「……あっ!」


 メアリーさんは、不意にとある一点を凝視する。

 その視線の先にいたのは……竜崎龍馬だった。


「アナタ、そういえば朝にも会ったよっ! ワタシのこと、助けてくれた人でしょっ!?」


 もう、他の人間なんて見えていない。

 竜崎龍馬に駆け寄る彼女を見て……俺は、嫌な予感を覚える。


(これは……テコ入れか?)


 続刊で、物語をマンネリ化させないために、ヒロインを追加するという『テコ入れ』は、ありふれた手法だ。


 竜崎龍馬の物語も、どうやらテコ入れをするらしい。

 つまりこれが示唆していたのは――竜崎龍馬が、再び舞台上に戻って来ると言うことだ。


 まだ、あいつの物語は終わっていないのである。


(はぁ……頼むから、もう巻き込まないでくれよっ)


 心の中で祈るが、しかしそういうわけにもいかないだろう。

 だって俺は、竜崎龍馬の物語における『悪役』なのだから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る