第六十三話(プロローグ) 落ちぶれたハーレム主人公様の独白

 ――いったい、どこで間違えたのだろうか。

 俺は何をミスしてしまったのだろうか。


「……くそっ」


 あの夜の情景が、今も忘れられない。

 幼馴染のしほに告白して、中山に邪魔されて、挙句の果てに振られてしまった俺は、一人になりたくて誰もいない場所に向かった。


 恐らく、あそこは物置だったのだろう。倉庫らしきプレハブ小屋の影で、俺は身を隠しながらうなだれていた。


 初恋の相手である幼馴染に拒絶されたことがショックだった。

 大好きな人を、なんの特徴もない平凡な中山に奪われたことも、悔しかった。


 惨めな気分だった。

 少しでも自分を癒したくて、一人になったというのに……運命は残酷だ。


 そんな時に、あいつらはやってきた。

 人目を避けてやってきたのは――しほと、中山だったのである。


 二人は俺に気付いていなかった。

 たぶん、二人にはお互いしか見えていなかったのだろう。


 その時の情景は、とてもショックだった。


 あのしほが、顔を真っ赤にして中山を見つめていたのだ。

 いつも無表情だったあの子が、恋する乙女のような顔つきになって、中山に抱き着いていた。


 しほにはもう、中山しか見えていない。

 人の気配に敏感だったのか、かつては俺がどこにいても気付いてくれて、視線を向けてくれたのに……今は、隠れている俺を知覚することができないくらい、中山に夢中になっていたのである。


 そして二人は、愛を囁きあっていた。

 少し距離があったので、何を言っているか内容までは聞き取れなかった。だが、発言の端々に『好き』という単語がちりばめられていたので、二人はきっと恋人になったのだろう。


 その証拠に、しほが中山の頬にキスをした。

 あの時の情景は……時間が経った今も、忘れられなかった。


「なんで……なんで、中山なんだよっ」


 呻くような声が漏れる。自分の部屋に一人きりなので、誰かにしゃべりかけたわけではない。これは、ただの独り言だ。


 本当は、叫びたかった。

 窓を開けて声を上げたら、きっとすぐ目の前にあるしほの部屋に聞こえるだろう。


 彼女の部屋はとても近い。俺の窓から、わずかに一メートルくらいしか離れていない。だから、会おうと思えば、いつでもしほに会える。


 誰よりも、俺はしほに近い存在だった。

 幼馴染で、初めて好きになった人なのだ。これからもずっと、好きな人のままでいたかったのに……!


『私は、あなたのことが苦手なの』


 しほにそう言われて、俺はもう何が何だか分からなくなった。

 自分で言うのもなんだけど、俺の周囲には女の子が多い。だから、決してかっこ悪い方ではないと思う。


 少なくとも中山と比較したら、負ける要素がない。

 中山は、俺以上に平凡で退屈な人間だ。中山が持っているもので、俺が持っていないものなんてない。


 なのに、なんで……っ。


「中山でいいなら、俺でもいいだろっ。そんなに俺は、物足りないのか? しほ……教えてくれよっ、俺には、何が足りないんだよ……くそっ」


 中山にあって、俺にはないものが、分からない。

 中山が良くて、俺が悪い理由が分からない。


 ……ずっと、自分はそこそこの人間だと思っていた。

 これといって取柄はないが、悪いところもないし、嫌われるような人間ではない自負があった。


 その証拠に、俺と仲良くしてくれる女の子は多い。

 しかも、中には俺に告白してくれた子もいた。俺は、決して悪い人間ではないと……そう思っていたのにっ!


「もう、分かんねぇよ……」


 うなだれて、目を閉じる。


 自信が、なくなった。

 俺に話しかけてくれる女の子たちにも、どう接したらいいか分からなかった。

 何を言っても、しほみたいに嫌いになるのではないか――と、不安になってしまうのだ。


 やれやれ……俺はなんて卑屈な人間なんだろう。

 しほのせいで、俺はもう二度と、自分に自信が持てないのだろう。


 はぁ、つまんねぇ。

 こんなのまるで、モブキャラみたいじゃねぇか。


 くだらない。

 俺は、俺だ。モブキャラなんて、死んでも嫌だ。


 見返してやりたい。

 勝ち誇り、俺を嘲笑った中山に、見せ付けてやりたい。


 俺が、いかに勝っているのかを。

 お前程度の人間が、バカにしていい人間ではないことを。


 いつか、どうにかして……見せつけてやりたい。

 そう、俺は強く思うのだった――



//お読みくださりありがとうございます!

ここまでのお話が、書籍版1巻の内容となります。

web版を読んだ方にも楽しんでいただけるように、9割ほど書き下ろしました!

引き続きどうぞよろしくお願いします。

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