第五十九話 ハーレム主人公様の末路

 ――いつまでも、こんなやり取りが続くと思った。

 級友たちが見守る中、俺と竜崎の泥沼の争いが続く。


 戦局は、俺の一方的な攻撃でしかないが……見ている人間にとって、それはあまり面白いものではなかっただろう。


 彼らには詳しい事情が分からない。

 俺と竜崎の会話も、半分しか理解できないだろう。


 でも、そんな一同にも分かることが、一つだけある。

 それは、霜月しほという女の子が、泣いていたことだ。


 そんな、傷ついた彼女を守るために、俺が懸命に立ち向かっていることだけは、たぶん理解してくれている。


 だから何も言わずに見守っているのかもしれない。

 ありがたい。そのまま、最後まで見ていてほしい。


 そして、竜崎の異常性を理解してほしい。

 願わくば、彼のハーレムメンバーたちは、どうか目を覚ましてくれ。


 竜崎には、全てを犠牲にするような価値はない。

 ただ女にモテるだけのくだらない人間に、自分の人生を捧げないでくれ。


 そんなことを願って、俺はついに決着をつけることにした。


「竜崎、お前の思いは報われない。もう、終わりにしよう……なぁ、霜月。そろそろ落ち着いたか? 涙は止まったか? 鼻水はちゃんと拭ったか?」


 そして、時間が経って落ち着いたであろう、霜月に意識を向ける。

 ……本当は、彼女を利用したくはないけれど。


 しかし、この場を収めるには、どうしても霜月の助けが必要だ。

 諦めの悪い主人公様には、きっちりとけじめをつけなくてはならない。


 俺が告白して、霜月と結ばれることで、あいつの物語を終わらせなくてはならない。


 だから俺は、霜月と向き合った。


「…………んっ」


 念入りに鼻と目をこすったせいか、霜月の顔がいつも以上に腫れぼったい。ただ、さっきみたいに取り乱してはいない。どうにか落ち着いてくれたようなので、たぶんもう大丈夫だろう。


 後は、俺が告白するだけだ。

 これでようやく、霜月を救うことができる。


 そう思って、俺は全てを終わらせようとした。


「霜月。聞いてくれ……俺は、お前のことが――」


 ……でも、霜月しほという少女は、竜崎龍馬とちがって立派なメインヒロインである。


 しかも、ただただ助けられるだけの、弱い女の子ではないから。

 彼女は、俺が何を言おうとしているか察するやな否や、いきなり血相を変えたのだ。


「ダメっ」


 首を横に振って、まるで怒るように、彼女は俺を腫れぼったい目で見つめている。


 この子は人見知りで、他人の気配に敏感で、基本的にポンコツな女の子だが……心を許した人間の前でだけは、気が強くなるような内弁慶でもあって。


 だから、俺の隣にいる彼女は……とても強くなっていた。


「中山君……もう、大丈夫よ。だから、これ以上無理しないで? もう、傷つかなくていいわ……助けてくれて、ありがとう。おかげで、勇気が出たわ。だから、そのことに関しては、また後で話し合いましょう?」


 ――許さない。

 ――今、告白されても、困る。


 そう言われているような気がして、思わず喉がつまった。


「……そ、そうか? なら、うん。分かった、けど……」


 本当に、大丈夫か?

 霜月のことが心配だったが、彼女は自分で言った通り、もう大丈夫みたいだった。


「竜崎君。あなたの気持ちは、分かったわ。勘違いさせていたことには、私にも責任があるわよね……だから、ごめんなさい。先に、謝っておくわ。その上で、どうか聞いて?」


 霜月が、竜崎と向き合っている。

 恐らく、この物語で初めて、メインヒロインの本音が主人公様に語られようとしていた。


「し、しほ……?」


 竜崎は、びくびくしている。

 しかしどこか期待するような目で、霜月を見ている。

 まだ、彼女本人の口からは、何も言われていない。

 だから、わずかだが大逆転の可能性がある――と、そう言わんばかりに。


 だが、そんな物語の展開を、外道ヒロインの霜月が認めるわけがないのだ。


「私は、あなたのことが苦手なの。今まで、言ってあげられなくてごめんなさい……ずっと昔から、あまり好きではなかったわ。うん、だから……竜崎君。あなたの気持ちには、応えられません」


 彼女自らの手で、終わりを突きつける。

 俺が考えていたものとは、少し違う結末だった。


 想定していたのは、俺が告白して霜月と付き合うことで、竜崎龍馬の恋を終わらせようとしていたのだが……彼女は、自分自身の言葉によって、竜崎の思いを断ち切ったのである。


「――――っ」


 本人に言われては、さすがの竜崎も受け入れざるを得ないだろう。


 彼の恋は、報われることなく終わったことを。

 竜崎龍馬の物語は、何も生み出されることなく、収束したことを。

 ハッピーエンドではなく、バッドエンドという形で、終幕したことを。


 竜崎は、受け入れることしかできなかったみたいだ。


「…………」


 何も言わずに、あいつは舞台を降りる。

 そのまま、誰もいない方向へと、ふらふら歩いて行った。


 そんな竜崎を追いかける人間は、もういない。

 さっきは梓が追いかけて、あいつを勇気づけてあげたけれど。


 他のサブヒロインたちですら、もう竜崎龍馬を救うことは難しいと思ったようだ。

 これが、ハーレム主人公様の末路だ。思いを裏切り、踏みにじり、気付かないふりをした結果……愛想をつかされてしまったのである。


 ……かくして、竜崎龍馬のラブコメが終わった。

 カタルシスなんてまったく感じさせない、駄作という結果を抱えて、ハーレムラブコメが幕を閉じる――

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