第五十七話 破綻
「っ……中山君、ごめんね。あのね……えっとねっ」
霜月は、俺が抱き寄せると同時に、まるで止まっていた時間が動き出したみたいに急に精気を取り戻した。
ピンと張っていた緊張の糸が切れたように……霜月は脱力して、俺にもたれかかり、それから大粒の涙をこぼし始める。
そんな彼女を安心させるために、背中を優しくさすってあげた。
「何も言わなくていいよ。ほら、深呼吸して……大丈夫。あとは、俺が全部片づけるから。はい、ハンカチ。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだぞ? もう大丈夫だから……俺の後ろに、いてくれ」
必死に何かを言おうとする霜月は、しかし言葉を上手く発することができないくらい、不安定な状態だった。
落ち着かせるために、ハンカチを手渡して、優しく言葉をかける。
そんな様子を見て、竜崎は自分が失敗したことを再確認したようだ。
「しほが、人見知り? 気が弱い? いやいや、そんなこと……ありえないだろ。だってしほは、無口で、一人が好きで、他人になんて興味がない、孤高の存在で……だから俺にも振り向かなかったし、他人としゃべることも、嫌悪していた。そういう女の子じゃ、なかったのか……?」
それでも、自分の勘違いにすがりつこうとしている。
そんなわけないと、信じたくないのだろう。
でも、その発言に説得力はない。
竜崎の発言が全て『誤解』だったことを、霜月の涙と態度が証明しているのだから。
「……そうやって、お前はいつも自分に都合よく解釈してばっかりだ。霜月が無口? 一人が好き? 他人に興味がない? そんなことないよ……彼女はおしゃべりだし、友人という存在にあこがれを持っていたし、他人に対していつも興味津々なんだ。ただ、気が弱くて人見知りだから、一歩踏み出す勇気が出なかっただけだよ」
この際なので、誤解をすべて訂正しておく。
竜崎にとって都合よく解釈されていた事実を、全否定してやった。
「だ、だったら、どうして俺に冷たかったんだ!? 他人に興味があるなら、友人がほしかったなら、おしゃべりがしたいんだったら、俺がいたのに! 幼馴染で、誰よりもしほのことを分かっている俺を、どうしてしほは受け入れてくれなかったんだ!?」
それでも負けじと反論してくるあたり、まだ霜月のことを理解していないような気がした。
これだけ言っても分からないんだな。
「……そんなの、決まってるだろ」
不意に、笑みがこぼれる。
自分でも分かる。今の俺は、とても歪で醜い笑顔を浮かべていることだろう。
でも、感情が抑えきれなかった。
大嫌いな竜崎が狼狽える姿が、とても楽しかった。
まさしく、こんなの悪役である。
物語をぶち壊すヒールは、なかなか俺に合っているかもしれない。
もっともっと、竜崎に傷ついてほしくて。
俺は、みんなに聞こえる声で、ハッキリと言った。
「霜月は、竜崎のことが苦手だったんだよ……どうして気付かなかったんだ? あんなに冷たくされて、しゃべりかけても反応が薄くて、隣にいるだけで鬱陶しそうな顔をしていたのに、なんで分からないんだ?」
とうとう、言ってしまった。
霜月しほは、竜崎龍馬が苦手ということを。
メインヒロインにとっての主人公様は、ただの他人でしかなかったことを。
俺は、感情のままにぶちまけた。
その真実に対して、竜崎は……有り得ないと言わんばかりに、首を横に振るそれから、ふらふらと後退して、舞台の壁にぶつかるようにもたれかかった。
「そ、そんなこと、ありえない……だって俺は、しほの幼馴染でっ――」
「――幼馴染だからって、仲が良い理由にはならない。霜月にとってのお前は、ただ幼い頃から知っているだけの他人なんだよ……いいかげん、その事実を受け入れろよ」
たとえるなら、言葉のナイフでズタズタに切り裂くような。
一方的に感情をぶつけて、竜崎龍馬という人間を傷つける。
さすがの主人公様も、やはりそれらの『真実』には傷ついたようだ。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!」
叫び、血走った目で俺を睨む。
しかし、その視線も一瞬のことだ……あいつは俺を見るたびに、現実を目の当たりにして、ショックを受けることになるのだ。
今、俺の後ろには、背中に隠れるように身を小さくしている霜月がいる。
そんな彼女を見たら、どれだけ俺を慕っているのかを、よく理解するだろう。
「くそ……くそ! 俺が、先に出会ったんだぞ!? 俺が、一番最初に好きになったのに……俺から、しほを奪うなよ……ちくしょうっ」
負け惜しみの言葉が、静かな会場に響き渡る。
そんな竜崎は、見ていられないくらいに……かっこ悪かった。
さぁ、無双タイムは終わりだ。申し訳ないが、竜崎……お前の物語は、この辺で『破綻』させる。
覚醒した直後のことで悪いが、お前にはまた『へたれ』に戻ってもらわなければならないのだから――
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