第五十六話 いつまでも鈍感でいられると思うなよ?

 ――静寂が訪れる。

 無音で耳が痛い。場の空気は、俺の発した一言によって完全に冷え切っている。


 場違いないことを言った自覚はある。

 だが、流れに流されて、空気を読んで傍観していた日々は、もう終わりだ。


 モブキャラのままでは、霜月を守ることができない。

 彼女を守るためならば……俺は何だってできる。


 たとえ、悪役だろうと関係ない。

 物語をぶち壊すヒールにだって、なれる気がした。


「竜崎。お前は本当に卑怯な人間だよ。見ていて本当にイライラさせられる。お前は俺に宣戦布告したよな? だったら、正々堂々と勝負しろよ! こんな状況で告白なんて、本当に最低だ」


 ゆっくりと、舞台に向かって歩みを進める。

 さっきまでは人垣が邪魔で前に進めなかったが、今はみんなが俺をさけて道を作ってくれるので、歩きやすかった。


 誰もが、俺を見ている。

 困惑したような、怪訝そうな、不思議そうな、戸惑ったような顔で、俺を視認していた。


『誰だ、こいつは?』


 きっと、彼らは俺のことを認識すらしていない。

 モブキャラだったのだから、当然だ。

 でも、今日……この瞬間をもって、彼らは俺が誰かを認識することになるだろう。


 それくらいのことをしでかしているのだから。


「中山……邪魔するなよ。俺は今、しほに告白するんだっ。急にどうした? まさか、焦っているのか? 勝ったと油断していたら、俺がこんな大胆なことをしたから、慌てたんだろ?」


 一方、竜崎は的外れなことを言っている。

 焦る? 慌てる? 俺が、お前に?


 そんな段階、もうとっくに過ぎている。

 俺はお前を敵だなんて、思ったことないよ。


 だって、竜崎……お前は戦いのステージにすら上がっていないんだ。

 戦う前から負けているのに、よくそんなことが言えるものだ。


「……なぁ、どうしてこんな状況で告白なんてするんだ? お前、霜月のことが大好きだったんだろ? 本気で、愛しているんだろ? だったら、ありえない」


 ステージに上がり、真っ向から竜崎を睨みつける。

 あいつも、俺に対して苛立ちを隠しきれないようだ。せっかくの見せ場を邪魔されて腹が立っているのだろう。


「さっきからなんだよ……お前が何を言いたのか、分かんねぇよ。告白なんて、いつどんな状況でしたって同じだろ? みんなの前でしたのは、それくらい俺が本気だったという覚悟を見せたんだよ」


「はぁ……竜崎はいつも自分のことばっかりだよな。独りよがりで、相手のことなんて考えずに、お前が気持ち良くなることしか思いつくことができないんだな」


 ずっと、心の中に押し殺していた『大嫌い』という感情を、爆発させるように。

 俺は、思いのままに感情をぶちまけた。


「だから、お前はいつも他人を傷つける。お前の大好きな人間が、今どんな顔をしているのか……お前には、見えないのか?」


 そう言って、霜月の肩を抱きよせた。

 顔面を蒼白にして、唇をきつく噛みしめていた彼女は……俺が抱き寄せた途端、大粒の涙をポロポロとこぼしはじめた。


「――――え?」


 その涙を見て、竜崎はようやく気付いたようだ。

 霜月が、この状況をどんなに嫌がっていたのか。


「しほ? な、なんで……泣いてるんだ?」


 こんなに素敵な子が、涙を流している姿は、見ているだけでとても心が痛くなる。

 竜崎はもちろん、俺もそうだし、それから……会場のみんなも、痛ましそうに目を細めていた。


 この瞬間、流れが変わった。

 最初は、俺という異分子が割り込んできたことで、困惑していた空気が漂っていたが……やがてそれは、霜月に対する同情へと、変化していく。


 そして、それは同時に、俺という存在の肯定にもつながるわけで。


「竜崎にとっての告白は『見世物』なのか? たとえば、告白される女の子が、とても気が弱い人見知りで……他人の気配がするだけでびくびくしちゃうような女の子ということは、想定したりしないのか?」


 注目が、集まる。

 誰もが、俺という存在を知覚して、次に何を言うのかを聞こうと、前のめりになっている。


 そんな彼らにも語りかけるように、俺は言葉を繋げた。


「霜月は、そういう女の子なんだ……だから、こんなことしないでくれ。どうして幼馴染なのに、そんなことも分からないんだ? 見世物みたいに告白されて、この子がまともでいられるわけないだろ?」


 鈍感なままでは、許さない。

 ご都合主義で片付けるような真似はさせない――


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