第五十五話 モブキャラのままではいられない
脳裏に、最悪の情景が思い浮かぶ。
仮にこの状況で、竜崎が霜月に告白したとしよう。
はたして彼女は、その答えを口にすることができるのだろうか?
「…………」
いや、できない。
こんな人の目がある場所で話すことができる子なら、そもそもこんな状況になっていない。きっと、舞台に上がることもしっかりと断っただろう。
だが、何も言えない彼女は、周囲に流されるままに舞台に上がってしまっていた。
みんなは竜崎の告白にわくわくしているようだ。
もう、この場は全て竜崎龍馬に支配されていたのである。
「がんばれー!」「男を見せろ!」「気合を入れろ!」「竜崎君ならできる!」
勇気を出して思いを打ち明けるあいつを、応援していた。
だからみんな、気付かない。
霜月が今、どんなに怯えているのか……緊張して、身を震わせて、今にも泣きそうになっていることを、理解できない。
だって、あの竜崎龍馬に告白される女の子なのだ。
そんな幸運を賜ったヒロインが嫌がっているわけがない――そう考えているのだろう。
(最悪だ……)
拳を握り込む。爪が肌に食い込んで痛いけど、そのおかげでなんとか冷静さを保てていた。
考えろ。俺に何ができるのか……霜月を救うために、何をすればいいのか。
こんな俺を特別に思ってくれる、あの素敵な女の子を……どうやったら助けてあげられるのか。
(もし、竜崎が告白したら……)
霜月はきっと、断れない。
いや、何も言えないはずだ。黙って、感情を殺して、ジッとその場を耐えることしかできないだろう。
そうすると、結局は竜崎にとって都合のいいように解釈されてしまう。
『そんなすぐに答えは出せないのか? だったら、またいつか告白する。でも、俺が好きってことは、知っててくれ。もしかしたらまだ好きじゃないかもしれないけど、いつか……俺を好きになってもらえるように、頑張るから』
なんて言って、続編で関係が進展することを匂わせるのだ。
ありえない。
こんなの、認めるわけにはいかない。
だって、霜月は竜崎のことが苦手だ。
この先、どんなに頑張ろうとも彼女は竜崎を好きになれないと思う。
それくらい彼女は、あいつに対して関心もないのだ。
まぁ……だからこそ、物語はこの舞台を選んだのだろう。
主人公様が振られないように、現状におけるもっとも都合がいい状況で、物語を引き延ばそうとしているのだ。
このままだと、霜月はずっとメインヒロインのままだ。
竜崎にアプローチされて、嫌な思いをして、苦しい毎日を過ごす……そんなことは、やっぱり許せない。
――助けたい。
――できるなら、あの子を守りたい。
心の中で強く思う。
霜月は、俺にとって恩人だ。
自分に自信がなく、否定してばかりで、挙句の果てには自身を『モブキャラ』と評してしまうほどの自己嫌悪に陥っていた俺を、優しい笑顔で癒してくれた。
彼女のおかげで、ここのところ毎日が本当に楽しかった。
こんな俺でも……受け入れてくれる人がいるんだと、救われた気分になった。
『モブキャラなんて、悲しいことを言わないで?』
かつて、彼女はそう言って俺を励ましてくれた。
その言葉がどんなに勇気づけられたことか……言葉では、表せられないだろう。
きっと、霜月にとっての中山幸太郎は、モブキャラなんかではないのだ。
その証拠に……今も彼女は、すがりつくような目で俺を見ている。
そして、何かを訴えるように唇が動いた。
「中山君……たすけて」
声が、聞こえた気がした。
いや、幻聴だ。霜月は言葉を発することなんてできない状況にいる……しかし、唇の動きだけで、彼女が何を言っているのか分かった。
ここのところ、ずっと一緒にいたのだ。
顔を見たら、あの子がどんなことを考えているのかくらい、分かるようになっている。
『たすけて』
その意思を察した瞬間――俺は、自分の中で何かが燃え上がることを知覚した。
「ああ、任せろ」
頷き、それから重い体を強引に動かす。
もう、モブキャラでいるのは……終わりだ。
霜月のためなら、俺はなんだってやる。
主人公様に歯向かうことだって、できる。
そのためには、モブキャラのままではいられないから。
「――ふざけるなよ! クソが、こんな告白……許されると思ってるのか!?」
大声を上げて、場の雰囲気をぶち壊す。
もちろん、声の発生源は……俺だ。
佳境に入っているところ悪いが……主人公様、お前の物語を邪魔させてもらおうか。
竜崎龍馬。お前にハッピーエンドなんて、許さないよ。
物語には、バッドエンドという結末があることを、知っているか?
竜崎、お前の思いは成就させない。
そのためなら『モブキャラ』じゃなくて……『悪役』として、お前のラブコメを阻んでやろう――
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