第五十三話 宣戦布告

 かくして、竜崎龍馬は覚醒した。

 へたれであることが唯一の欠点だというのに、それがなくなったあいつはほとんど最強に近いだろう。


 そんなやつに太刀打ちできるやつはいるのだろうか。

 少なくとも、モブキャラの俺にはどうにもならない。


 何者でもない俺には主人公様を止めることはできない。

 今、あいつに干渉できる存在は、ごくごく僅かだ。


 メインヒロインの霜月か、あるいはサブヒロインの誰かか……現状、そのほかに竜崎の心境を変えられるほどの影響力を持った者はいない。


 さぁ、始まる。

 竜崎龍馬の独り舞台が、ようやく開幕した――





「……おい、中山。どこに行ってたんだ? 探してたぞ」


 広場に戻ると、待ってましたと言わんばかりに竜崎が俺に話しかけてきた。


「さっきはすまん。少し感情的になっちまった……みっともないところを見せたな」


 謝られても、困る。返す言葉などなかったので、俺は肩をすくめて広場の方に視線を移した。


 キャンプファイヤーの準備はもう終わったのだろう。

 四角い木組みの中央から、大きな炎が立ち上る。ゆらゆらと漂う煙は、風に流れて消えていく。


 その炎をみんなが眺めていた。

 スケジュールでは、この後に軽い余興を行うらしい。

 広場に設置された簡易舞台で、漫才、バンド、ダンスなどを披露するようだ。


 みんな気分も高揚しているのだろう。いつもより騒々しく、思わず耳を塞ぎたくなる。


 残念ながら、今は楽しめるような気分じゃない。

 そもそも、平常時だろうとキャンプファイヤーを楽しめたかどうかは分からないが……少なくとも今は、一人きりになって眠りたかった。


 梓のことを思うと、胸が張り裂けそうだ。

 でも、それは許されない。なぜなら、ここからが本当の山場なのだから。


「何か、用事か?」


 もう噛ませ犬キャラを演じる必要もない。俺と霜月の関係性は既にバレているので、いつも通り何も感情のない声を発した。


「ああ、お前に言いたいことがあるんだよ……俺、しほに告白することにしたんだ。お前には、言っておこうと思ってな」


 ……なんだ、そんなことか。

 さっき盗み聞きしていたのだから、もう知っている。


 今更驚くようなことでもない。だから俺は無表情で、一つ頷いた。


「そうか」


「……なんだ? もっとリアクションしてくれると思ったんだがな……さすが、余裕があるじゃねぇか。しほのことはもう手に入れたつもりか? 勝負はまだ、終わっていない」


 しかし主人公様は曲解する。

 悪意なく、自分にとって都合がいいように、物語を動かしている。


「確かに、お前としほの仲はいいと思う。嫉妬していないと言えば、嘘になるくらいにな……でも、お前だってまだ告白してないんだろ? 正式に付き合っているわけじゃないよな? だったら、俺にだって可能性はあるはずだっ」


 そう言って、竜崎は自分を鼓舞するように、拳をギュッと握りしめた。


「お前のおかげで気付いたよ。俺は、しほと幼馴染であることだけで満足していた。恋人にならなくても、ただ隣にいられれば、それだけでいいなんて考えていた。でも、それだとダメだよな……しほみたいに素敵な子を、他の男が放っておくわけないよなっ」


 相変らず、竜崎の言葉は独りよがりで。

 霜月のことなんて微塵も考えていないこいつは、自分だけが気持ち良くなれる結果を、求めていた。


「告白は、正直……怖い。緊張して、吐きそうだけどよ……こんな俺を好きって言ってくれた人がいるんだ。告白一つできないような男でいたら、その人に失礼だ……俺は、かっこいい竜崎龍馬でいなければいけないっ」


 主人公様の独白は、相変わらず理解不能で頭が痛くなりそうだけれど。

 しかし、疑問が一つある。


「なんで、そんなことを俺に言うんだ?」


 意味が分からない。

 こんなモブキャラに何を求めている?


 まさか、背中を押してくれるとでも思っているのだろうか。

 バカバカしい……俺がお前を応援なんてするわけないだろ。


 ……まぁ、別に竜崎もそういう目的で発言したわけではないだろうけど。


「だって、お前はライバルだからな。これは、宣戦布告なんだよ」


 不敵に笑って、竜崎は俺に背を向ける。

 一方的にしゃべって、気分が満足したようだ。


「思ったよりも、拍子抜けだな。てっきり、もっと感情的になってくれると思ったけど、中山はよく分からん奴だ……なんか、つまんねぇ」


 燃える主人公様は、ライバルを過大評価していたみたいだ。

 勝手に期待なんてするな。俺は、お前と違ってモブキャラなんだ。


 物語に介入できるような立場にいないのである。

 だから、できれば巻き込んで何てほしくないけれど……霜月のことを思うと、そうも言ってられない。


 この後、彼女は告白されるのだ。

 しかも、とても苦手な人に『好き』だと言われるのである。


 なんとか助けてあげたい。

 でも、竜崎の告白を止めることはできないので……結局、俺は何をすればいいのか分からないまま、時間だけがゆっくりと過ぎていくのだった――

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