第四十五話 ヒロイン失格
残念なことに、ここからしばらくは俺のターンだった。
主人公様にはこの負の流れは止められない。
物語の都合上、あいつはどんどん追い込まれていく。
「し、しほ? カレー、美味しいか? 結構、自信作なんだけど」
先程、霜月に拒絶された竜崎は、なんとか彼女の気を引こうと必死だ。
少し席は離れているが、一生懸命話しかけている。
だが、彼女は素気なく対応してばかりだ。
「…………うん、そうね」
頷き、小さな口でカレーを頬張る。
美味しいとは思うのだが、そういえば彼女の母親はとても料理上手だったことを思い出した。
……昼食を一緒に食べる時、霜月は毎回のように俺におかずを分けてくれるのだが、その料理の味はすさまじかった。
素人でも分かるくらい、霜月の母親はすごく料理が上手だ。
それと比較すると、竜崎や結月の料理は、そこそこである。もちろん俺にとってはこのカレーも美味しいけど、霜月があまり表情を動かさないのは、もっと美味しいカレーの味を知ってるからなのだろう。
彼女の興味は、明らかに料理には向いていない。
霜月の関心は、なんというか……かなりの割合で、俺に注がれていた。
自分で言うのは恥ずかしいが、やっぱりそう言わざるを得ない。
だって、さっきから頻繁にちょっかいを出してくるのだ
「……っ!?」
びくっと、体を揺らす。
いきなり脇腹をつつかれたので、思わず反射的に体が飛び跳ねそうになった。
「うふふっ♪」
高校生なのに小学生みたいなことをして、それをこんなに楽しそうにできるなんて……よっぽどかまってほしいんだろうなぁ。
まぁ、幸いなことに声は出なかったので、誰も気づいていないだろう……と、思ったのだが、竜崎がバッチリこっちを見ていた。
「……ぁ」
ああ、ダメだ。
ショックのあまり魂が抜けたような顔をしている。
放心状態の竜崎は、持っていたスプーンを落としていた。
きっと、竜崎は心の中で絶望しているのだろう。
自分だけのものと思っていたかわいい幼馴染が、他の男に心を開いて、しかも笑いかけているのだ。
竜崎龍馬のラブコメは、なかなかハードになってきた。
読者にも賛否両論沸き起こるような展開だ。
ヒロインの処女性というのは、人気を出すためには重要な要素である。その点で考えると、他の男に浮気する霜月はヒロイン失格だ。
ただ、ラブコメのヒロインがみんな主人公だけを好きなわけではない。中には、主人公とメインヒロインの好きな人が、それぞれ違う人というパターンもある。
ここから竜崎が巻き返すのは決しておかしな流れではない。
だからこそ、俺は不安だった。
ここで簡単に諦めてくれたらいいんだけど……いや、諦めるわけがないか。
これくらいで心が折れるような人間が、主人公になれるわけないのだから。
きっと、ここから竜崎はもがくのだろう。
王道でいけば、俺から霜月を取り戻し、更に他のヒロインをも手に入れ、後々になって霜月が『私はあなたに愛される資格がないのに、愛してくれてありがとう』なんてへりくだって、主人公様の承認欲求をくすぐるのだ。
きっと、竜崎のラブコメを楽しんでいる読者も、かつて他の男を愛した霜月にヘイトがたまっている。それを解消するための罰として、彼女は竜崎が他の女の子を付き合うことも受け入れなければならない――となれば、ハーレムに対しても説得力が生まれるかもしれない。
そういうシナリオが脳裏に浮かんだ。
俺のターンはまだ終わらないのだろうか……長引けば長引くほど、その反動で主人公様が覚醒するのが、怖い。
そのとき、竜崎はきっと俺の想像を超えるバケモノとなる。
完成されたハーレム主人公ほど恐ろしい存在はいない。
全ての物事がご都合主義で片付けられ、起きた問題は主人公様に都合がいいように解決され、何もかもが主人公様にとっての追い風となり、幸福というエンディングに突き進む――そんな存在になるのだ。
そして、その主人公様に危険視されている存在が、なんとモブキャラの俺である。
対抗なんてできるわけがない……俺というキャラクターの結末は、果たしてどうなるのだろう?
それが本当に、怖かった――
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