第四十六話 あったはずの主人公様のポジション

 野外炊飯が終わると、レクリエーション大会が始まった。

 クラス対抗で綱引きやドッジボールなど様々な競技を行うらしい。


 まぁ、こういうイベントはモブキャラにとって作業と変わらない。

 参加して、目立つような活躍もミスもせずに、戦局に影響を与えることなく、ただただプレイして退場していくだけである。


 今回、俺はドッジボールに参加することになっていた。

 運動は得意でもなければ不得意でもない。ただ、極端にできないわけでもないので、目立たないのも当然である。


 そして今回もいつも通り地味に競技が終わった。

 一切の見せ場もなく、運動部が適当に投げたボールが当たって、俺のレクリエーション大会は幕を閉じる。


 物語にしたら退屈すぎて、途中で読むのをやめるくらい、くだらないドッジボールストーリーだった。たぶん、クラスメイトの誰も俺がどんなプレイをしたのか、覚えていないと思う。


 そう、思っていたのに。


「うふふっ……だ、ダメ、お腹が痛いわっ。中山君ったら、当たった時に『ぐへぇ』って言ったでしょっ? 私、ちゃんと聞いてたのよ? うふふ、おかしくてさっきから笑いが止まらないわっ」


 霜月はバッチリ見ていたらしい。

 しかも何かがツボにはまったらしく、お腹を抱えて笑っていた。

 彼女にとってはよっぽどおかしかったみたいである。


 なんというか……この子は本当に、俺のことをよく見ている。

 だからおかしな部分に気付いて、そのことで心から笑えているのだろう。


「あー、笑っちゃったわ……なんだか元気が出たっ」


 広場の隅っこにある木陰で、霜月は木にもたれかかっている。


 六月も中旬になって、梅雨が明けようとしていた。今日は天気がとてもいいので、彼女は日に焼けないように気を付けているみたいだ。ずっとジャージの上着を着ている。


 ただ、暑いのだろう。そのほっぺたは微かに赤らんでいた。


「ふぅ……よし、中山君にたくさん笑わせてもらったし、私もドッジボールをがんばるわっ。見ててね? へたくそだった中山君に、私が『ドッジボール』という競技を教えてあげるからねっ」


 男子が終わって女子チームの順番になったので、霜月が勢いよく立ち上がった。根拠のないその自信は果たしてどこから生み出されているのだろうか……やけに偉そうなことを言っているが、彼女の実力はお察しのとおりである。


「ひぎぃっ」


 ドッジボールが始まってすぐのこと。

 霜月が軽快なステップでカニみたいに横歩きしたかと思ったら、思いっきり顔面にボールが当たって吹っ飛んだ。


「しほ!?」


 見守っていた竜崎が声を上げるくらいの大惨事である。

 それを傍から見ていた俺は、ポカンとしてしまった。流石にあれは笑えない……大丈夫だろうか。


 隅っこの木陰は競技の行われているエリアまで少し遠い。

 目を細めて見守っていると、半泣きの彼女がエリアから出た。どうやら一球でノックアウトされちゃったようである。


「し、しほ? ほら、タオル……怪我とか、してないか?」


 さすがは主人公様だ。メインヒロインのピンチにいちはやく駆けつけ、介抱しようとしている。


 だが、彼女はこともあろうに真っ先に俺のところへまっすぐ歩いてきた。

 竜崎のことは、まるで見えていないかのように……。


「ちょ、しほ……?」


 呼び止めても、泣きべそをかいている霜月には聞こえていないようだ。

 今、彼女が求めているのは、竜崎ではなく。


「うぅ……な、中山君? どこ? お返事してっ。鼻に当たったから涙で何も見えないのっ……それでね、いっぱい慰めて? できればパパがママにやるみたいに頭もなでなでして『痛いの痛いのとんでけ~』って言ってくれる?」


 ご所望は、俺だった。

 しかも要求が多いし、ちょっとハードすぎる。


 いやぁ……思いっきり、甘えられているなぁ。

 本来ならこのポジションは、竜崎がいるはずだっただろうに。


「……くそっ」


 少し離れたところから、あいつは悔しそうに俺を睨んでいる。

 明らかな敵意に満ちた視線は、とても居心地が悪かった――

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