第四十四話 どんどん追い込まれていく主人公様

 無事にカレーを作り終えて、グループで昼食をとることになった。

 こういう時、席の座る位置でどの人間がどんなキャラクターを配役されているか、見極めることができる。


 まず、上座に座るのは、意外にも我らが主人公様ではない。


「「…………」」


 ずっと曖昧な顔で笑っている花岸と井倉だった。

 彼らは何か用事があったり、話しかけたら普通におしゃべりしてくれるが、基本的には何も言わずに流れに身を任せている。


 なので、カレーを食べる時間になったら、いちはやく席に座るため、自然と奥の上座に位置するのだ。


 ちなみに、別パターンとしては最後に余った席に座る、というのもある。つまりモブキャラは最初か最後かに座るので、自分の意思などないということだ。


 まぁ……テーブルとはいってもお店の座席ではなく、ただのアウトドア用の机と椅子なので、上座とか下座はないと思うのだが。


 便宜上、奥の方を上座としておこう。

 俺もモブキャラなので、花岸と井倉に続こうとする。


 しかしそれを遮って、俺を阻んだ女の子がいた。

 もちろん、メインヒロインの霜月しほである。


「ちょ、ちょっと待ってほしいわ……まだ、席に座らないで?」


 焦った顔で俺の洋服をちょこんとつまんでいる。

 そんなこと言われても……既にカレーとごはんが入った容器を持っているので、早く座りたいんだけどなぁ。


「お願いよ、中山君……こういうとき、決まってあの人が隣に座って来るから、中山君でバリアさせて?」


 ……ああ、なるほど。

 メインヒロインは主人公様と隣り合って座るのが嫌らしい。

 確かに自然に席を決めるとするなら、当然のようにそうなるだろう。


 だが、その運命に霜月は抗っていた。


「ほら、龍馬おにーちゃんも座って? 一緒に食べよっ」


 そうこうしていると、配膳をしていた主人公様もようやくやってくる。

 すると、他のサブヒロインより一歩リードしている梓が、いちはやく竜崎の隣を確保しようとしていた。


 花岸の隣に梓が座り、その隣に竜崎を引っ張っていた。


「ちょ、引っ張るなよ……言われなくても座るからっ。まったく、やれやれだぜ」


 竜崎はいつものように苦笑しながら、促されるままに席に座った。その隣にはもちろん梓が座っている。


 しかし、まだ反対側の隣が残っているので、その席にはキラリが座った。


「じゃあ、アタシはこっち側に座っちゃうし~」


「はぁ……料理のお片付けをしていたら、龍馬さんの隣に座れなくなってしまいましたか……抜け駆けはずるいですよっ」


 右に梓、左にキラリとくれば、結月が座れる席はもう真向かいしかない。彼女はため息をつきながら竜崎の対面に座る。


 と、まぁこんな感じでサブヒロインが周囲を埋めたので、霜月は安堵していた。


「ふぅ、良かったわ……じゃあ、中山君も座って?」


 促されたのは、結月の隣である。

 いや、でも……よくよく思い出してほしい。現在、席はこんな感じになっている。


 花岸、梓、竜崎、キラリ。

 井倉、空き、結月、空き。


 そう、井倉の隣が空いているので、キャラクター的に考えるなら、俺がそこに収まるはずだ。


 しかしそれを霜月が嫌がっていた。


「…‥もしかして、義妹の中山さんのかわいい顔をおかずにご飯を食べるつもりかしら? ダメよ、そんなこと許さないわっ」


 そういえばこの子はヤンデレ気質だった。

 俺があまりにも他の女の子と話さないので、まったくその兆候を見せないのだが、不意に発動するのでちょっと怖い。


 もちろん、断ることはできないので、結局席はこうなった。


 花岸、梓、竜崎、キラリ。

 井倉、空き、結月、霜月、俺。


 ……井倉の隣、空いてるんだよなぁ。

 さすがに不自然なので、グループのメンバーが俺をチラチラと見ている。


 中でも、竜崎の視線が特に痛かった。


「……おい、中山? そんなに端っこにいたら寂しいだろ? こっちの席空いているから、来いよ」


 あいつは俺を警戒している。

 メインヒロインにちょっかいを出す噛ませ犬なモブキャラを疎ましく思っている。


「しほも迷惑だろ? 気の弱い子に強引なアプローチは失礼だからな……いいかげんにしろ。しほも、嫌なら嫌ってハッキリ言わないと、ダメだぞ?」


 たぶん、竜崎の中では俺が無理矢理霜月の隣に座ったことになっているのだろう。だから、主人公様のお家芸である『お説教』をしてきた。


 普段は優しい主人公様だが、時には厳しくなる時もある。しかしそれは相手を思ってのお叱りなので、ヒロインは『彼は私のことをしっかり考えてくれてるのねっ』と、頬を赤らめるのだ。


 でも、どうやら今回の『お約束』はそっちに流れなかった。


 なぜなら霜月は……とても不快な気持ちになったようだから。


「そんなことないわ」


 ――初めて、ではないだろうか。

 彼女がまともに反論したところを、初めて見た。


 普段はなるべく竜崎の音を聞かないように耳を塞いでいるか、あるいは話しかけられても仕方なく一言返答するか、それだけだったのに。


「迷惑だなんて、ありえないもの」


 二言目の言葉が紡がれる。

 いつもは無表情の顔は、明らかに不満そうだ。唇を固く結んで、まるで睨みつけるみたいに竜崎を凝視している。


 それくらい、霜月は今の発言が許せなかったらしい。

 彼女はきっと、俺のことを心から大切に思ってくれているから。


 ――迷惑なんて、冗談でもありえない。

 そう主張するかのような、まっすぐな態度。


 それに対して、竜崎は……酷く狼狽えていた。


「そ、そうか……しほがいいなら、いいんだけど……えっと、ごめんな? 勘違いしてたかもしれない」


 嫌な汗を浮かべながら、しどろもどろに笑う竜崎。


 明らかにあいつは、追い込まれている。


 今、主人公様に苦難が訪れていたのだ。

 ……いつもなら、その様を見て、少しは『ざまぁみろ』と思っていたかもしれない。


 心の中のどす黒い感情が沸き起こっていただろう。

 でも今は、そんなこと思えなかった。


 だってこれは――物語の山場を演出するための『谷間』でしかないからである。


 よくあることだ。

 終盤、最も物語が盛り上がる場面をより強調するために、その直前に主人公様を窮地に落とすのは、ありふれた手法である。


 メインヒロインとすれ違い、その後の関係に赤信号を点滅させて、読者の危機感をあおる。

 でもそれは、ただの前振りでしかない。


 主人公様が起こす大逆転のための演出なのだ。


 ついに、ここまできてしまったか。

 物語は、いよいよ終盤を迎える――


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