第四十三話 主人公様も薄々感づいている
霜月がからかってくるせいで、顔が熱い。
気分を落ちつけたかったので、お手洗いに行って顔を洗った。霜月はなぜかついてこようとしていたけど、火から目を離すのが怖いと言ってなんとか残ってもらった。
彼女がいると良い意味で落ち着かない。少し一人になって、高揚した気持ちを抑え込んだ。
モブキャラに余計な感情はいらないのだ。冷静にならなければいけない。
それに、さっきはつい霜月に乗せられてしまったけど……一応、周囲には他の人がいるのだ。みんな作業をしてるので見られてはなかったけど、やっぱり危険なことに違いはない。
もし竜崎に俺と霜月が仲良くしているところを見られたら、きっとたいへんなことになるだろうし……気を付けよう。
そう自分に言い聞かせながら、調理場へと戻る。
すると、そこには主人公様の姿があった。
「あれ? しほが火の担当だったのか? お、よく燃えてるな。やるじゃないか」
食材の下準備が終わったのだろうか。なべを抱えて加熱しようとしている。
その前に、メインヒロインとのイチャイチャタイムを挟もうとしているみたいだが、当の本人はとてもめんどくさそうな顔をしていた。
「…………べつに」
さっきまであんなに柔らかい笑顔だったのに、今ではすっかり氷の美女である。ツン、とそっぽを向いて無表情になっていた。
「ははっ。しほはいつも謙虚だな……でも、たまには褒めさせてくれよ? 火、ありがとうな」
竜崎はなんとか霜月の気を引こうとしていた。いつもハーレムメンバーにやっているように、頭を撫でようとしている。それをするとハーレムメンバーは喜ぶから、霜月も同じようなリアクションをすると考えているのだろう。
だが、それは『好きな人にされる』から嬉しいのであって、興味のない人にされても喜ぶはずはないのだ。
「っ…………!」
霜月が表情を強張らせて、竜崎の手をよけた。
次に、何かを探すように周囲を見渡して……それから俺を見つけると、彼女はすぐにこっちに駆け寄ってきて、後ろに回り込んだ。
まるで、竜崎から隠れるように。
「……え? な、なんで中山が……!」
まずい。竜崎が動揺している。
霜月のあからさまな態度と、俺の後ろに隠れたという事実に、狼狽えている。
このままだと俺と霜月の関係性を疑われるかもしれない……そう察知した俺は、すぐさまフォローを入れた。
「お、俺も火の担当だったんだよっ! おいおい、竜崎……酷いぞ? 俺も頑張ったんだから、彼女だけを褒めるなんてずるいじゃないか」
咄嗟だったけど、能天気なモブキャラを演じる。
少し発言が苦しかった気もするのだが、しかし竜崎はまだまだ自分に驕りがあるみたいで、この程度でも簡単に曲解してくれた。
「……ああ、そうだったのか。うん、なるほどな……しほは優しいから、中山も一緒に火をつけたって言いたかったんだな? それで、一人だけ褒められるのも嫌だった、ということなんだなっ……ははは。しほは相変わらず律儀だな。でも、びっくりしたぞ? 俺、嫌われているのかと思っちゃったよ」
いつも通り、自分の都合がいいように解釈している。
ただ、支離滅裂な発言だったので、霜月が何か言い返しそうだ。できれば、この場は何も言わないでほしい……と心の中で願いながら、彼女の方を見てみる。
「…………」
俺の後ろにいる霜月は、幸いなことに耳を塞いでそっぽを向いていた。
いつもと同じく、竜崎の音を聞かないようにしているようだ。
それならあいつの発言も聞いていないだろう。良かった……これなら、まだまだ俺と霜月の関係性を誤解させることができる。
でも、霜月の俺に対する態度がより親密になった分、それも少しずつ苦しくなり始めていることを実感した。
そして竜崎だって、いつまでも都合よく解釈してくれるとは限らない。
「あはは。びっくりしたぜ……そんな、俺から逃げるように中山の後ろに隠れるなんて……まるで、中山のことが、好きみたいだなっ? い、いや、そんなことないかっ。しほは身持ちが固いし、今は恋愛に興味なんてないもんなっ」
必死に自分を納得させようとしているが、発言の節々に竜崎の不安がにじみ出ている。
もしかしたら、少しずつではあるけれど……
竜崎も、霜月の本当の想い<おもい>に、感づき始めているのかもしれない――
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