第四十二話 メインヒロインには『かわいい』が詰まっている

 かまどに薪をくべると、炎が上がる。

 霜月はゆらゆらと揺らめく炎をジッと見つめていた。


「…………」


 一体彼女は、何を考えているのだろう?

 追加の薪を取りに行ってついさっき帰って来たのだが、彼女は俺に気付いていないようだ。


 体育座りのような態勢で、ずっと炎を眺めている。

 なんというか……画になるなぁと思った。


 かわいい子は何をしていても魅力的だ。

 ただ炎を眺めているだけでも、写真に収めたくなるような魅力を感じる。


 揺らめく炎が白銀の髪に反射して、淡い光を放っているような。

 普段より赤みの増したほっぺたもまた、かわいかった。


 これが、選ばれた人間なのだろう。

 霜月は主人公様に見初められるほどの女の子だ。魅力的じゃない、わけがないか。


「…………間違って火に焼かれたお馬さんが『ひひーん』て鳴きました。火、だけに……うふふっ」


 でも、考えていることがちょっとおバカちゃんだった。

 あんなに物憂げな顔でそんなくだらないこと考えないでほしい。見惚れた自分が急に恥ずかしくなってしまった。


 よし、聞かなかったことにしよう。


「……霜月、戻って来たぞ」


 今しがた到着したふりをして抱えた薪を置く。

 霜月は追加のまきをくべながら、俺の方を見た。


「中山君、突然だけど爆笑ギャグを言っていいかしら? あのねあのね、こほんっ……『間違って火に焼かれたお馬さんが『ひひーん』て鳴きました。火、だけに!!』 うふふ、おかしいわっ。自分のお笑いの才能が怖い……!」


 かなりの自信作だったんだろうなぁ。

 かなりのドヤ顔だった。


「…………え、えっと」


 正直、反応に困った。

 さっきも聞いたし、なんならギャグも面白くはないので、頬が引きつってしまう。でも笑ってあげた方がいいのだろうか、と悩んでしまって、結局よく分からない表情になってしまった。


「あ、あれ? おかしくないかしら? それとも、中山君にはこのギャグが分からなかったとか? えっとね、お馬さんの鳴き声って『ヒヒーン』でしょ? それと『火』をかけたの。あと、間違って火に焼かれちゃったから、泣きたい気持ちよね? それと『鳴く』もかけたのよ?」


 一生懸命説明しているところ悪いけど、問題はそこじゃない。

 これは、あれかなぁ……正直な気持ちを伝えた方がいいのかもしれない。


 あまり霜月を否定したくはないのだが、ダメなことはダメだと言ってあげるのも、友達だろう。

 そういうわけなので、俺はハッキリと言った。


「ご、ごめん……つまんなかった」


「……っ~!!!」


 すると、霜月は途端にほっぺたをパンパンに膨らませて、勢いよく立ち上がった。まるでふぐみたいな顔である。


「ばかばかばかっ。私の渾身のお笑いを理解できないなんて中山君はセンスがないわっ。本職の芸人さんが聞いたらきっと爆笑するくらい面白いものっ。もう、中山君ったら仕方ない子ね……うふふっ」


 不満そうだけど、しかし霜月はどこか楽しそうなので不思議だ。


「なんて、ね? こうやってお友達と喧嘩するのも夢だったの……お友達とやりたいことリストの200位くらいだったかしら? それに、お友達ってこうやって喧嘩した後はもっと仲良くなれるのよね? やった、もっと中山君と仲良くなれちゃったわ♪」


 うーん……喧嘩というよりは、じゃれついてきたようにしか見えなかったけど、まぁ彼女が喧嘩というのなら喧嘩だったのだろう。


 そういうことにしておいた。


「……あ、あれ? どうして何も言わないの? もしかして、本当に怒られたと思って落ち込んでる? じょ、冗談よ、中山君……よしよし、私は怒ってないから、怖がらないでいいの。いいこいいこ」


 ……それにしても、相変わらず距離感が近い。

 それに、ふと気づいたのだが、最近の霜月はよく触ってくるようになった。


 スキンシップ、というのだろうか……今もお姉さんぶって頭を撫でようとしているけど、身長が低いので俺の頭に手を伸ばすことができないみたいで、仕方なく背中をさすっている。


 色々と、言いたいことはあるけれど。

 でも、仕草がいちいちかわいくて、結局俺は照れて言い返すことができなかった。


「べ、別に落ち込んでないから……」


 それだけをなんとか伝える。しかし霜月はイタズラっぽく笑って、今度は俺のほっぺたをつついてきた。


「あれー? でも、顔が赤いわ。うふふ、もしかして照れているのかしら? お姉さんになでなでされて真っ赤になってるのねっ? あらあら、中山君にもかわいいところがあるのね……もっとからかいたくなってきちゃうわっ」


 それは勘弁してほしい。

 ただでさえ、霜月みたいなとんでもなくかわいい子には慣れていないのだ。そんな子にからかわれると、照れて何もできなくなってしまう。


「お、お願いだから、手加減してくれ」


 降参するように両手を上げると、霜月はふにゃりと笑った。

 見ている人を幸せにするような笑顔に、またしても見惚れてしまう。


「えへへ~っ」


 こんなにかわいい女の子を、俺は見たことがない。

 まるで『かわいい』を濃縮したみたいな存在だった――


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