第四十一話 誤魔化しきれなくなっていくモブキャラの立場
――宿泊学習を行う自然公園に到着したのは午前の11時だった。
スケジュールでは、寝る部屋となる大部屋に荷物を置いたらすぐに野外炊飯を行うことになっている。
「おお、結構広いじゃねぇか」
四人で布団を敷いて雑魚寝するだけあって、広さは結構ある。竜崎は内装を見渡しながらはしゃいでいた。
こいつは結構、イベントごとを楽しむ性格らしい。
「…………」
ただ、竜崎を除く男メンバーのテンションは低かった。
それも無理はない。だって、竜崎以外の三人はモブキャラなので大人しい。
何せ、竜崎には男友達がいない。
ハーレム主人公様らしく異性にはモテるが、モテすぎるあまり男子からは敬遠されている。
そういうわけなので、メンバーも余りものの寄せ集めみたいな感じになっていた。
「中山……と、それからあとの二人も、今夜はよろしくな?」
俺は例外だが、当然のように竜崎はモブキャラの名前を覚えていないようだ。後の二人は花岸と井倉だよ……お前、女以外に興味なさすぎるだろ。
もう入学式から二カ月半も経過しているのだ。クラスメイトの名前くらい覚えるのが礼儀だと思う。
……まぁ、主人公様がそんな常識的な性格なわけないか。普通すぎたらキャラが立たないのだから、仕方ない。
「よろしく。じゃあ、広場に行こうぜっ! 俺、お腹すいちゃったんだよなぁ~」
とりあえず、無視をしていては主人公様の気を損ねるので、俺だけでも話に合わせておく。能天気で頭が緩いバカなモブキャラらしいことを言ってみた。
「ああ、そうだな。女の子たちも待ってるし……遅刻したら怒られそうだ」
ニヤリと笑って、部屋を出ていく竜崎。その後ろを曖昧な表情の花岸と井倉がついていった。
俺も同じように曖昧な表情を作って竜崎の後ろをついていく。
自然公園の広場には、かまどや調理場が併設されている。それらを利用して、今日はカレーを作ることになっているようだ。
食材や調理器具なども施設が用意するみたいで、既に調理場に置かれている。
一旦クラスで集合して点呼を取った後に、ようやくグループごとに分かれて野外炊飯が始まった。
「それでは、野外炊飯を始めるのですけど……この中で料理の経験がある人は挙手してくださる?」
調理の指揮をとるのは、俺の幼馴染の北条結月だった。
綺麗な長い黒髪を今は一つに結んでいる。エプロンと頭巾も自前で用意しているらしく、準備は万端だった。
彼女は本当に料理が上手だ。本人も自信があるようで、やる気満々である。
「包丁を使った作業などは、慣れた人にお願いしたかったのですけど……ふむふむ、経験があるのはわたくしと龍馬さんくらいですね」
挙手したのは竜崎だけだ。流石は主人公様である……俺にとっては謎なのだが、どうして主人公様は料理ができるタイプが多いのだろう?
……あ、分かった。両親がいないという設定が多く、自立しているという意味で料理上手という設定がつけられているのか。
考えてみると、簡単である。まぁ、俺はモブキャラなので、両親がいなくても料理はできないんだけど。
「俺も別に料理はできるけど、結月ほど上手くはできないぞ? あんまり頼りにするなよ?」
「……そう言いながらわたくしより上手なんですから、ムカつきます」
と、そんな主人公様が肯定されて気持ち良くなるだけの会話イベントはどうでもいいので、割愛しておく。
「それでは、仕事を分担しましょうか。梓さんはお米をといでくださる? キラリさんはお皿などを並べてください。龍馬さんはわたくしと一緒に食材を切ったり味付けをお願いします」
「オッケー、了解。うーん、あれ? 包丁が一つしかないな……あと一個、鈴木ちゃんから借りてくるよ」
そう言って、竜崎は一旦この場から離れた。
あいつもあいつでやる気があるみたいだ。
「それから後は……」
と、一人ずつ順番に役割を与えていく結月。
俺の順番になると、彼女は初めて俺の存在に気付いたと言わんばかりに、目を大きくした。
「あ……幸太郎さんも、いたのですね」
うん、いたよ。
主人公様に夢中になっていたので気付いてなかったんだろうけど、俺もいた。
……昔は、ずっと一緒にいたくらい、仲良しだったけど。
それも昔の話なのだろう。今の俺と彼女は、もう完璧な他人だった。
「えっと、幸太郎さんは……火を担当してもらっていいですか?」
「うん、分かった」
まぁ、結月に対しても今更何かを思うことはない。
もうすでに割り切っているので、こっちも特別に意識することなく会話を終えることができた。
「それで、後は……しほさんですね。しほさんには、お野菜の皮むきをしてもらってもいいですか?」
そう言いながら、結月は霜月にピーラーを渡す。
ただ、霜月はなんでもできそうな雰囲気を持っている子だが、意外に何もできないポンコツ少女である。
「…………かわ?」
まるで、野菜に皮があることを初めて知った、と言わんばかりにキョトンとしていた。たぶん、ピーラーが何をする道具なのかも分かっていないと思う。
「ええ、皮をむいてください。はい、どうぞ」
まさか霜月がポンコツだとは思っていないのだろう。結月はニンジンを手渡した。
霜月はそれを受け取りはしたけど、やり方は想像もできないみたいで……右手にピーラー、左手にニンジンを持って首を傾げている。
それから、何を思ったのか……いきなり、ピーラーでニンジンをペシペシと叩き始めた。鈍器みたいに使っているんだけど、この子は何をしているのだろう?
「……し、しほさん? あの、もしかして……ピーラーの使い方、分からないのですか?」
結月もさすがに気付いたようだ。困惑したような顔で霜月を見ている。
「…………ぴーらー?」
コテン、と首が傾く。この仕草で結月は全てを悟ったらしい……霜月と料理の会話ができない、と判断したようだ。
「意外です。なんでもできるように見えたのですが……まぁ、人間ですから得手不得手はありますよねっ。えっと、じゃあ……幸太郎さんと一緒に、火を担当してもらってもいいですか?」
そういうわけで、霜月は俺と一緒に作業することになった。
「…………ええ、分かったわっ。うふふ♪」
そして霜月は途端に上機嫌となる。ピーラーとニンジンを結月に返して、彼女はトテトテと軽い足取りで俺の方にやってきた。
「良かった、不幸中の幸いだわ……中山君と一緒にいられるっ! うふふ、料理ができなくて良かったわ。あのね、うちの台所はママ専用の場所なのよ? 私は食事に関しては食べる専門だもの」
そう言いながら、彼女は俺のジャージの裾をちょこんとつまんでいる。
はしゃいでいるのか、イタズラをする子供みたいにぐいぐいと引っ張って、俺の気を引こうとしていた。
「中山君、火ってどうやってつけるのかしら? あ、分かったわ! 木の板を棒でグルグルこするのでしょう? この前、サバイバル番組で見たの。あれ、一度やってみたかったから、楽しみだわっ」
「……違うよ。たぶん、着火剤とライターが用意されてるんじゃないか?」
「ちゃっかざい……? うーん、ぴーらーといい、よく分からない単語が多い宿泊学習ね。私、勉強って嫌いだから、あまり頭を使わせてほしくないのだけれど」
いつも通りの普通の会話だ。
でも、霜月の距離が、明らかに近い。
前々から近くはあったのだが、今日はほとんど触れそうなくらいに接近している。
いつも以上に身を寄せてくる彼女に、俺はどうしていいか分からなかった。
もう、誤魔化しきれなくなりつつある。
この距離はもう、メインヒロインとモブキャラの近さではないのだから――
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