第三十七話 苦手な人と一緒にいることより、あなたといられない方が苦痛だもの

 霜月はどうしてお誘いを受けたのだろう?

 宿泊学習のメンバーは男女それぞれ四人で組むことになっている。竜崎龍馬ハーレムの女の子である梓、結月、キラリはもちろん一緒だ。


 そして、残りの一人に霜月が加わったらしい。

 あれだけ竜崎が苦手と言っていたのに、どうしてグループに入ったのか。


 もしかして、彼女は竜崎と一緒のグループになることを、知らなかったのだろうか?

 そんな不安が頭をよぎって、つい聞かずにはいられなくなった。


「宿泊学習のグループ、あれで良かったのか?」


 放課後のことだ。

 いつも通り我が家にやってきた霜月は、おやつとして差し出したケーキを頬張りながら、コクンと頷いた。


「うんっ」


 もぐもぐするのに忙しいらしく、余計なことは何も言わずにひたすら口を動かしている。いつもは聞いてもいないのに勝手に説明してくれるようなおしゃべりなので、少し焦れったく感じた。


「本当に大丈夫なのか? 霜月が所属したグループには……あいつもいるぞ? 竜崎も、一緒の班として行動することは、知ってるか?」


「ええ、もちろんだわっ」


 再び頷き、今度はジュースをゴクゴク飲み始める。

 竜崎と一緒のグループになって、嫌ではないのだろうか。

 おやつを美味しく頬張れるくらいにのんきで、のほほんとしている。


 いつも、あんなに竜崎のことを苦手としているのに……自然な態度が、逆に不自然に思えてしまった。


「嫌じゃないのか?」


 回りくどい質問では聞きたいことを聞きだせない。

 だから率直に問いかけてみる。


「竜崎が一緒で、苦痛じゃないのか?」


 そんな質問に、ようやくおやつタイムを終えた霜月が、ニッコリと笑って答えてくれた。


「いいえ? だって、苦手な人と一緒にいることより、あなたといられない方が苦痛だもの」


「…………っ」


 不意打ち、だった。


 ――純粋な言葉が、胸を打つ。


 理由は、単純だったのだ。

 霜月の中では、たぶん竜崎よりも俺の存在の方が大きくなっている。

 苦手、という感情を塗りつぶせるくらいに、俺に懐いてくれている。


 そんな肯定の言葉は、やっぱり何度聞いても慣れなくて。

 今まで、こうやって特別な言葉をかけてくれる人がいなかったら、嬉しさもひときわ強く感じていた。


 なんだか、ずるい気がする。

 あんなに心配していた俺がバカみたいだ。


「中山君、きっと宿泊学習は楽しくないだろうけど……でも、あなたといられることは、楽しみだわっ。何か一つでも思い出ができたらいいなぁ。うふふ、なんだか変な妄想をしちゃいそうで、ドキドキするもの」


 ――変な妄想って、どんな妄想だ?


 今、それを聞いたら、俺と霜月の関係は劇的に変化する気がする。

 仮に俺が物語の主人公であれば、きっとそう聞かずにはいられなかったはずだ。


 だけど、俺はモブキャラだ。

 彼女には釣り合わない。無個性故にキャラクターもない、ただの記号である。


 こんな人間に霜月はあまりにももったいない。

 だから俺は、踏み出すことができなかった。


「……思い出、作ろうな」


 やっとの思いで返せた言葉は、当たり障りのない凡庸な言葉。

 きっと、霜月が本当に求めている言葉ではなかっただろう。


 しかし、それでも彼女は喜んでくれる。


「うんっ! 素敵な一日になるといいわ……えへへっ」


 その笑顔は、いつもの笑顔とは少し違っていて――どこか、色めいているような。


 文学的にたとえるなら……こんな感じだろうか。

 まるで、恋する乙女のような、愛らしい笑顔だった――

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